安倍外交の戦略的意味を理解できなかったプーチン大統領

【プーチン大統領】

●私と晋三は定期的に連絡を取り続けた。その中で彼は、素晴らしい個人としての、またプロフェッショナルな資質を完全に発揮した。この素晴らしい人物の記憶は人々の心に残るだろう(8日 コメント)

 ドイツのアンゲラ・メルケル前独首相を除けば、安倍氏ほど、ウラジーミル・プーチン大統領と会談を重ねた外国首脳は他にいないだろう。しかし、「なぜ安倍首相はプーチン大統領と仲が良いのか」と筆者に聞く友人は一人もいなかった。

 恐らくプーチン大統領は、安倍氏だけでなく、他のどの国の首脳にも胸襟を開くことはなかった。そこが安倍・プーチン会談の限界ではなかっただろうか。

 それでも、このコメントを読む限り、プーチン大統領が安倍氏の人柄とその外交的資質を正当に評価していたことだけはうかがえる。

 ちなみに、北方領土問題をめぐる交渉の進め方について、筆者は珍しく安倍首相から個人的に直接、見解を求められたことがある。その具体的やり取りは明らかにできないが、筆者が安倍氏に伝えた内容は次の通りだ。

 「安倍さん、問題の本質は、あなたがプーチン大統領を説得して、彼に戦略的判断をさせることですよ。ロシアにとって中長期的な真の戦略的脅威は、NATO(北大西洋条約機構)正面ではなく、中国になりつつある。このことをプーチン大統領が正確に理解すれば、ロシアは『外交革命』が必要だと悟る。中国に対抗すべく、日米との関係改善を模索し始めるはずです」

 「同様の『外交革命』は1972年に起きました。中国が対米・対日関係を改善し始めたのは、当時のソ連が中国にとって戦略的脅威となったからです。もし、プーチン大統領が今の中国を戦略的脅威だと認識すれば、対米・対日関係を必ず修正します。もし、北方領土が返ってくるとすれば、その時ですよ」

 安倍氏は笑って何も答えなかったが、反論もしなかった。

 筆者の見立てが正しいかどうかは後世の歴史家が判断することだ。しかし、プーチン大統領が戦略的に懸念しているのが中国ではなく、やはり欧州NATO正面であることは、今回のウクライナ戦争が如実に示している。安倍氏による対プーチン外交は戦略的に正しかった。だが、プーチン大統領はその戦略的意味を正確に理解できなかった。筆者は勝手にこう考えている。

 ちなみに、米国、中国、ロシア以外の国からも、安倍氏を知る要人から追悼メッセージが届いている。インドのナレンドラ・モディ首相は8日、ツイッターに次のように投稿した。「最も親しい友人の1人である安倍元首相の悲劇的な死去に、私は言葉にできないほどの衝撃を受け、悲しみを感じている。安倍氏は世界有数の政治家であり、卓越したリーダーだった。彼は日本と世界をより良い場所にするために人生をささげた」

 さらに、フィリピンのドゥテルテ前統領も8日夜、「安倍氏は誠実な良き友人であり、私の政権の強固な支援者だった。彼の思いやりに満ちた支援と卓越したリーダーシップを忘れない。世界で最も影響力のあるリーダーの一人だった」と書いている。いずれも率直で心のこもったメッセージだと感心した。

 安倍氏の死によって日本が失った外交的資産は想像以上に大きく、貴重なものだったようだ。改めて、安倍晋三氏という偉大な外交官に心から哀悼の意を表したい。

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