安倍晋三首相(左、当時)と中国の習近平国家主席。安倍氏追悼メッセージの中で、安倍氏に対する個人的な心情を習国家主席ほど封印した要人は他にいない(写真:ロイター/アフロ)
安倍晋三首相(左、当時)と中国の習近平国家主席。安倍氏追悼メッセージの中で、安倍氏に対する個人的な心情を習国家主席ほど封印した要人は他にいない(写真:ロイター/アフロ)

第1次安倍政権で首相公邸連絡調整官を務めた宮家邦彦氏が安倍外交を振り返る。同氏は元外交官で日米安全保障条約課長などを歴任した。同氏は安倍氏を偉大な外交戦略家と評す。トランプ前大統領とは「なぜ安倍首相は良い関係なのか」との質問が相次ぐほど良い関係を築いた。他方、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席とは「ボタンの掛け違い」のまま終わった。ロシアのプーチン大統領は、安倍氏が示した戦略性を理解できなかった、とみる。

 安倍晋三元首相の突然の死から5日。この偉大な外交戦略家を失った衝撃と喪失感は日に日に増すばかりだ。世界各地の友人たちから筆者に届く追悼メールを読むと、安倍氏が、米国はもちろん、欧州やASEAN(東南アジア諸国連合)加盟国を含む世界各国でどれほど信頼、尊敬されていたかがよく分かる。こうした反響は、正直言って、筆者の予想をはるかに超えるものだった。

 残念ながら、今の筆者に安倍外交の全貌を振り返る時間的、精神的余裕はない。されば今回は、対米国、中国、ロシア外交に絞って、安倍晋三氏という政治家がこれら大国のトップといかなる関係を築き、交渉し、結果を出したか(または、出せなかったか)を筆者なりに検証してみたい。今回、特に注目したのは3大国トップが発表した安倍元首相追悼メッセージの書きぶりである。

 当然、どのメッセージも安倍氏とご家族や日本国民に対する哀悼の意に満ちている。その点については各国ともそれほど差はない。今回、筆者が取り上げるのは、各種メディアが報じたメッセージのうち、安倍晋三氏個人の人柄や仕事ぶりに触れた部分だ。これらの表現の行間から、各国トップと安倍氏との関係がにじみ出てくるのでは、と思ったのである。

「なぜ安倍首相はトランプ氏と良い関係なのか」

【トランプ前大統領】

●安倍氏がどれだけ素晴らしい人物、かつリーダーであったかを歴史が教えてくれるだろう。彼は、他に類を見ない一体感をもたらす人であり、何よりも彼の偉大な国である日本を愛し、守り育てた男だった。彼のような人は二度と現れないだろう。(8日 SNS投稿)

●安倍元首相は私の友人であり、同盟相手で、素晴らしい愛国者だった。彼は平和と自由、そして米国と日本のかけがえのない絆のために力を尽くすことを惜しまなかった。(8日  遊説演説の冒頭)

 実に手放しの評価、トランプ氏の個人的心情が吐露されている。トランプ氏がここまで絶賛する要人は他にあまりいないだろう。G7(主要7カ国)諸国の友人からは「なぜ安倍首相(当時)はトランプ氏と関係が良いのか? その秘密を教えてほしい」とよく聞かれたものだ。筆者の答えはいつも同じだった。「安倍さんの人柄だよ。彼はトランプ氏の懐に飛び込んでいく天性の『人たらし』なんだから」と。

 しかし、人柄やゴルフだけでトランプ大統領(当時)を制御することはできない。あの「アメリカ・ファースト」の大統領を黙らせるには、少なくとも、日本も同盟国として「米国を守る」と言えなければならない。それを可能にしたのが2015年の安全保障法制と憲法解釈の変更だった。トランプ氏の当選は2016年。幸いにも、安倍首相が取り組んだ周到な準備がぎりぎりで間に合ったのである。

【オバマ元大統領】

●友人であり長年のパートナーである安倍氏は、両国の特別な同盟関係に献身的に尽くしてくれた。共に同盟強化に取り組んだこと、広島や真珠湾へ心動かされる訪問をしたことをいつまでも覚えているだろう。(8日 ツイッター投稿)

 安倍氏は、トランプ大統領に対するのとは別の意味で、オバマ大統領(当時)との関係維持にも苦労したようだ。その意味で、オバマ氏が広島と真珠湾に言及したことは注目に値する。確かに、日米両国は既に緊密な同盟関係にあった。だが実は、和解は必ずしも完全ではなかった。日本人は「米大統領は広島と長崎に来るべし」、米国人は「日本の首相は真珠湾に来るべし」とそれぞれ思っていたからだ。

 このわだかまりは決して過小評価すべきではない。中国が台頭する中、安倍氏は「日米が真の和解に至ること」が日本の安全保障をより確実にすると考えたのだろう。安倍首相と岸田文雄外相(当時)は、G7伊勢志摩サミットと、オバマ大統領訪日を最大限利用し、オバマ広島訪問を実現。米国内に慎重論があったにもかかわらずである。その後、安倍氏は静かに真珠湾を訪問した。これこそ真の外交である。

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