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スローガンの書かれていない白い紙を掲げる人々。スローガンは、いかなる文言が国家安全維持法に触れるか定かでない(写真:ロイター/アフロ)

 前回のコラムで、中国では1990年に「香港基本法」を制定して以来、香港の「社会治安」(その後、「国家安全」に範囲を拡大)を維持するための体制整備が大きな課題となっていたことに触れた。今年6月、中国の全国人民代表大会(全人代、日本の国会に相当)は、その総仕上げとして「香港特別行政区国家安全擁護法」(以下、「香港国家安全維持法 」と略す)を採択した。この法律は「基本法」の一部として即日施行され、直ちに香港におけるデモを押さえ込んだ。

 それにしても中国は、どうしてこのように急いだのであろうか。この法律の何が香港の「一国二制度」を揺るがし、香港の将来に暗い影を落とすとされるのであろうか。日本を含む国際社会は、この問題を、どう理解し対応すべきなのであろうか。これらの諸点を読み解いてみよう。

中国はなぜ急いだのか?

 1989年の天安門事件を経験した中国にとり、返還後の香港において「社会治安」に関する法律や制度が整備されていないこと自体が、そもそも大きな問題であり続けた。しかしその後、中国国内の民主化運動はほぼ収束し、香港での政治活動をあまり心配しなくてもよくなった。さらに言えば、前回も指摘した通り、中国経済の発展のために先進民主主義諸国との接点となる香港の重要性も大きかった。それ故に、この敏感な問題をあえて進めようとはしなかったのだ。

 それでも2002年、香港当局は「基本法」第23条を一部具体化する「国家安全条例」の制定を試みてはいる。だが、これは03年、言論の自由が脅かされることを恐れた大規模な反対デモにより廃案となった。

 14年、全人代常務委員会は、香港行政長官の選挙に民主派が立候補するのを事実上排除する枠組みを決定した。普通選挙を求める「雨傘運動」が盛り上がり、香港立法会は翌15年、こともあろうに全人代の決定に沿った選挙制度改革法案を否決してしまった。

 そして19年6月には逃亡犯条例改正案に反対する大規模デモが起こる。香港当局は、その無策、無能をさらけ出した。つまり外交と国防は中央政府、社会治安を含むその他の分野は香港当局、という、これまでの「一国二制度」では対処できなくなったのだ。

 中国共産党中央は、この事態に大きな危機感を持ったと思う。このまま放置すれば香港は大混乱に陥り、米国に代表される外国勢力がのさばりかねない。最後の手段として人民解放軍を投入すれば、「一国二制度」の失敗を天下に宣告することになる(中国共産党は鄧小平たちが考え出した「一国二制度」を共産党による統治の成功例と誇ってきた)。こうして党中央は、この危機を抜本的に解決せざるを得ないと判断し、同年10月、「四中全会」(第19期中央委員会第4回全体会議)において、新たな決定を下した。

 それは、中央(党・政府)が香港を全面的に統治するための制度を整備し、行政長官や主要幹部の任免制度を改善し、国家安全維持に必要な法制度と執行システムを樹立することを内容とする決定であった。この決定に従い、今回の「香港国家安全維持法」は制定された。

 しかも、香港に関するこの決定は、イデオロギーやナショナリズムを重視し、中央の管理を強化する習近平(シー・ジンピン)政権の基本方針の実行を目的とする、共産党中央委員会の大きな「決定」(「中国の特色ある社会主義制度を堅持・改善し、国家の統治制度と統治能力の現代化を推進することに関する決定」)の一部なのだ。当然、「一国」が重視され「二制度」は軽視されざるを得なかった。「国家安全」に関し、香港当局を主役から脇役に移すことにより、「一国二制度」は修正された。