NATO(北大西洋条約機構)が6月下旬、スペインの首都マドリードで首脳会議を開催した。この会議は、まさに「歴史的」という形容詞がぴったりだ。NATOはロシアをけん制すべく、冷戦後最大規模の兵力増強を決断した。さらに、スウェーデンとフィンランドの加盟を進める。ジョー・バイデン米大統領は「プーチン大統領は欧州をフィンランド化しようとしたが、逆に欧州のNATO化を招いた」と語る。

 今回の首脳会議で注目すべき点は、2つある。1つは、ロシアによるウクライナ侵攻に対する回答として、NATOが兵力増強を決めたこと。東欧において、冷戦終結から二重数年間で最大規模の増強を進める。

 もう1つは、NATOが対中強硬姿勢を明確に打ち出したことだ。NATOは、日本を含むアジア太平洋地域の友好国の首脳らを初めて首脳会議に招き、中国に対する強硬姿勢を戦略文書に明記した。欧米が対中姿勢の硬化を加速させるのは、ロシアによるウクライナ侵攻に起因する。欧米は、この侵略戦争を正式に非難しない中国に対する不信感を強め、外交・通商において路線を転換している。

 これまでの対ロシア政策は失敗に帰した。民主主義や人権保護などの普遍的な価値を否定する強権国家に対して融和政策を取ることの危険がはっきりした。欧米諸国はこの教訓を、今後の対中政策に反映していく。

ロシアを「最大の脅威」と位置づけ

 NATOは首脳会議で「2022年戦略概念」という文書を発表した。戦略概念の発表は、2010年11月にリスボンで開催した首脳会議以来12年ぶりだ。

 NATOは今回の戦略概念の中で「ロシアがウクライナに仕掛けた侵略戦争は欧州の平和を破壊し、安全保障環境を変えた。ロシアの残酷で違法な侵略行為、度重なる国際法違反、残虐行為は、ウクライナ市民に塗炭の苦しみを与えている。ロシアは、欧州・大西洋地域における最大の脅威だ」と述べ、ロシアがこの地域の安定を脅かしていると強調。

 さらに戦略概念は「我々はロシアとの対決は望まない」として、NATOがロシアと直接交戦する意向がないことを示しつつも、「ロシアがNATO加盟国の主権と領土に攻撃を仕掛ける可能性は排除できない」と記す。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領の攻撃の矛先がバルト3国やポーランドなど、NATO加盟国にも及ぶ可能性を示唆している。

 これらの記述は、NATOがロシアを、将来の行動が予測できない事実上の「敵対国家」とみなしていること、さらにウクライナ戦争がNATO域内へ拡大するのを防止することを最重視していることを示す。NATOのイエンス・ストルテンベルグ事務総長は、ロシアのウクライナ侵攻開始後、「我々はNATO加盟国の領土を、1センチも敵に渡さない」と発言したことがある。

東西冷戦後、最大の兵力増強

 つまりNATOにとって今最も重要なのは、抑止力の強化だ。欧米諸国はマドリードでの会議で、思い切った軍拡政策を打ち出した。NATOは、有事の際に出動するNATO即応部隊(NRF)という緊急展開部隊を保有している。その兵力は4万人。ロシアがウクライナに対する侵攻作戦を開始した日の翌日、2月25日に、NATOはNRFに属するフランス軍の戦闘部隊をルーマニアに出動させた。NRFが加盟国に配備されたのは、NATO創設以来初のことである。これ自体、すでに歴史的な出来事だった。

 だが今回のNATO首脳会議で、欧米諸国はNRFを改変し、有事に即応できる兵力を現在の4万人から30万人に増やすことを決めた。これらの兵力の大半は、ロシアの脅威に最もさらされている東欧諸国に配備される。敵の侵攻に最初に反応する戦闘部隊の兵力を一気に7.5倍に増やす決定は、NATOがロシアの脅威をいかに深刻に見ているかを示している。

 特に注目されるのは、米陸軍の重要な部隊が、東欧に欧州司令部を置くことだ。米陸軍の第5軍団(総司令部=米国フォートノックス)は、欧州司令部をドイツからポーランドに移す。第5軍団は第1次世界大戦末期の1918年に創設された。第2次世界大戦では1944年のノルマンディー上陸作戦や、アルデンヌの戦いに参加した伝統ある部隊。東西冷戦中には独フランクフルトに司令部を置き、ワルシャワ条約機構軍の侵攻を阻止する抑止力の要となった。冷戦終結後は、コソボ戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争に派遣されている。東西冷戦時代、ワルシャワ条約機構に属していた国に、米国が軍団司令部を設置するのは初めてだ。

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