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バルト3国をめぐる緊張の高まり

 またロシア軍は13年以降、バルト3国に近いカリーニングラード周辺で大規模な軍事演習を繰り返しており、バルト3国では不安が強まっている。ロシア軍はカリーニングラード周辺に、約22万5000人もの兵力を集結。地上部隊は約800両の戦車、約1200両の装甲兵員輸送車、約350門の火砲を保有する。つまりバルト3国とポーランドは、約10個師団のロシア軍部隊と隣り合っている。

 ロシアは、カリーニングラード周辺にSA400型対空ミサイルを配置したほか、核弾頭を装備できる短距離弾道ミサイル「イスカンダル」も配備している。イスカンダルはベルリンなど西欧の主要都市を射程内に収める。NATOは17年1月から、バルト3国とポーランドに約4500人の戦闘部隊を配置した。NATOが、ソ連に一時併合されていた国に戦闘部隊を駐留させたのは、初めてのことである。

 このような小規模の部隊では、ロシア軍の侵攻を押し返すことは不可能であり、シンボルとしての意味しかない。だがロシアはバルト3国に侵攻すると、NATOの部隊と直接交戦することになる。それは東西間の「熱い戦争」の勃発を意味する。つまりこの部隊を配備した目的は、ロシアに対する心理的な抑止力を高めることである。

元二重スパイ暗殺未遂・INF条約違反で関係が悪化

 昨年3月4日に英国南部の都市ソールズベリーで起きた暗殺未遂事件も、東西対立の深刻さを浮き彫りにした。同市中心部のベンチでロシア人の元二重スパイ、セルゲイ・スクリパリ氏(66歳)と娘のユリアさん(33歳)が、意識混濁状態に陥っているのを通行人が見つけた。英国の捜査当局は病院での検査結果などから、神経を麻痺(まひ)させる化学物質(=神経剤ノビチョク)が使われたことを突き止めた。軍も使用する化学物質で西欧諸国の市民が被害を受けたのは、戦後初めてのことである。

 2人は約4週間にわたる集中治療の結果、命を取りとめた。英国政府はロシアの諜報機関による犯行と断定し、報復措置として、ロシア外交官23人を国外退去処分にした。米国、ドイツ、フランスなど27カ国も英国を支援するために同様の措置を取り、西側諸国が退去させたロシア外交官の数は146人にのぼった。米国はシアトルのロシア総領事館の閉鎖も命じた。これに対してロシア政府も同数の西側外交官を国外退去させたほか、サンクトペテルブルクの米国総領事館を閉鎖した。

 これほど多くの西側諸国が結束してロシアの外交官を一斉に追放したのは、1991年の冷戦終結後初めてのことだ。ロシア政府は、同国がこの暗殺未遂事件に関与したという疑惑を全面的に否定している。

 さらに米国政府は今年2月1日に、「ロシアが昨年、中距離核戦力全廃条約(INF条約)に違反して中距離核ミサイルをウラル山脈に近いエカテリンブルクや南部のヴォルゴグラード近郊に配備した」と主張し、同条約から離脱するとロシアに通告した。ロシア政府はこのミサイルはINF条約に違反していないと反論している。

NATO・EU東方拡大が深めたロシアの屈辱感

 ロシア政府の強硬な対外政策は同国の市民に歓迎されており、プーチン大統領の支持率はクリミア併合直後に一時約80%に達した。

 ロシア政府の態度が攻撃性を強めている背景には、1989年の東欧連鎖革命以降、勢力圏内に置いていた東欧諸国を西側陣営に次々奪われたという苦い経験と屈辱感がある。1990年代にゴルバチョフ書記長(当時)は西側諸国に対して東西冷戦の終結後に、EU・NATOとロシアが協力して、リスボンからウラジオストクまでまたがる「ユーラシア共通の家」を作りたいと提唱していた。しかし西欧と米国はこの提案を無視し、ほとんど事務的に東方拡大を進め、ロシアの自尊心を深く傷つけた。

 筆者は、ロシアの大学教授がドイツで行った講演で「西欧は1990年代にロシアとユーラシア共通の家を作らず、我々を欧州の一員として拒絶するという失敗を犯した。これは西側が一方的に冷戦を継続していることを意味する。ロシアは欧州に戦争が再び来ると考えて、軍事力を強化することにしたのだ」と語るのを聞いたことがある。

 この発言には、東欧連鎖革命以降の約30年間にロシアが抱いてきた被害者意識、屈辱感が凝集されている。ドイツの歴史家の間にも、EUとNATOがロシアを単に「冷戦の敗者」として扱い、同国の屈辱感に十分配慮することなく、東方拡大政策を事務的に進めて来たことは、戦略的な誤りだったとする意見がある。西欧・米国の一方的な態度が、プーチン大統領の対外政策を強硬にしているという考え方だ。