G20首脳会議に参加したトランプ米大統領(写真:AFP/アフロ)
今週の原稿は、20カ国・地域首脳会議(G20サミット)を取り上げ、日米首脳会談か米中首脳会談のどちらか大きく動いた方を中心に書くつもりで準備していた。ところが、やはり、ドナルド・トランプ大統領は我々を裏切らなかった。というわけで、今回は予定を変更し、日米安全保障条約「破棄」に関するトランプ氏の「衝撃」発言なるものを、筆者なりに詳しく分析してみたい。
もちろん、これまでも兆候はあった。さらに、先週は米ブルームバーグ通信の報道とFOXニュースのインタビューが飛び出した。ゆえに、トランプ氏がG20サミット後の記者会見で行った発言は決して目新しくはない。大統領選への出馬を表明した直後の2015年夏以来、何度も繰り返してきたものだ。今回、大阪での日米首脳会談で言及したかどうかは不明だが、トランプ氏としてはたまたま記者会見で質問され答えたに過ぎない。
それでも日本メディアは大騒ぎ。「衝撃の『日米安保破棄』発言」「トランプ氏 日米安保条約『変えなければ』」「『安倍首相は安保改定に異議ない』トランプ氏」といった見出しが踊る。だが、筆者はこの発言を「衝撃」とも「条約破棄」とも考えていない。そもそも日本メディアはトランプ発言を詳細に読んだのだろうか。まずは発言全文を再録しよう。
問(Voice of America記者):安倍首相との会談後もあなたは日米安保条約からの撤退を考えているのか(After your discussions with Prime Minister Abe here, are you still thinking about withdrawing from the U.S.-Japan Security Treaty? )。
また、安倍首相は何と言ったのか(And what did the Prime Minister say to you about that?)。
答(トランプ大統領):いや、それ(撤退)は全く考えていない(No, I'm not thinking about that at all.)。
私はそれ(日米安保条約)が不公平な合意だと言っているだけだ(I'm just saying that it's an unfair agreement.)。
この点について私は過去6か月間、彼(安倍首相)に伝えてきた(And I've told him that for the last six months.)。
私はこう言った。「もし誰かが日本を攻撃すれば、我々は反撃し、戦闘では全力で戦う」(I said, “Look, if somebody attacks Japan, we go after them and we are in a battle — full force in effect.”)。
我々は日本のために戦う義務があり、戦闘から逃れられない(We are locked in a battle and committed to fight for Japan.)。
だが、もし誰かが米国を攻撃した場合、彼ら(日本)は戦う必要がない(If somebody should attack the United States, they don't have to do that.)。
これは不公平である(That's unfair.)。
変更すべきは「条約」ではなく「不公平さ」
ここまでは報じられている通りだが、トランプ氏の以下の発言にも注目してほしい。
答(トランプ大統領):これが我々(日米)が行った取引だ(That's the kind of deals we made.)。
これは……全て取引とはこんなものだ(That's — every deal is like that.)。
つまり、(当時の)人々は気にしなかったか、無知だったかのいずれか、みたいなものだ(I mean it's almost like we had people that they didn't either care or they were stupid.)。
しかし、これが我々(日米)の取引なのである(But that's the kind of deals we have.)。
実に典型的なものなのだ(That's just typical.)。
しかし、彼(安倍首相)にも伝えたことだが、我々はこれを変えざるを得なくなると私は言った(But I have been — I told him — I said we're going to have to change it.)。
なぜなら、誰も米国を攻撃することはないと望むが、あるとすれば逆の場合だろうが、もし米国に対し攻撃があれば、もし誰かが米国を攻撃すれば、もし我々(米国)が彼ら(日本)を助けるならば、彼らも我々を助けざるを得なくなる(Because — look, nobody is going to attack us, I hope. But, you know, should that happen — it's far more likely that it could be the other way — but should that happen, somebody attacks us, if we're helping them, they're going to have help us.)。
彼(安倍首相)はそのことを知っている(And he knows that. )。
これについて、彼に問題はないだろう(And he's going to have no problem with that.)。
よく原文を読んでほしい。トランプ氏は日米安保条約の「破棄」や「改定」について明示的に言及してはいない。彼が言っているのは、「米国が攻撃された場合に日本が米国を助けない」状況は「不公平」であり、こうした状況は「変えざるを得なくなる」「日本は米国を助けざるを得なくなる」ということだけだ。
トランプ氏の考えは一貫している。彼は、「(日米安保条約からの撤退は)全く考えていない」が、そのような「不公平」な状況はいずれ「変えざるを得なくなる」と見る。その点は「安倍首相も知っている」し、米国が攻撃された場合に日本が「米国を助けざるを得ない」ことにつき安倍首相に「問題はない」、とトランプ氏は考えているようだ。
トランプ発言をめぐる、核心からほど遠い4つの見方
トランプ氏のこの発言について、日米両国には大きく分けて4つの見方があると筆者は考えている。いずれも問題の核心を突いた議論からは程遠いのだが、今もこれらの俗論は大手を振って垂れ流されている。されば、筆者の結論を書く前に、これらの視点の概要とその問題点を簡単にご紹介しよう。
第1は米国の「新・孤立主義者」たちだ。「米国は国外の諸問題に介入すべきでない」という考え方は米国建国時からある。第二次大戦後の冷戦期を経て、米国で孤立主義的傾向が再び台頭してきた。こうした新・孤立主義では、米国が従来構築してきた同盟関係そのものは維持しつつも、同盟国に対しより相互的で公平な負担を求める傾向が強い。
かかる傾向は1990年代以降のポスト冷戦期に一層顕著となった。トランプ氏の発想もこれに近いだろう。特に、「米国第一」を標榜するトランプ氏とその支持者にとり、米国の犠牲で安全保障を確保しようとする同盟国の態度は「米国を利用したただ乗り」行為。彼らの反発はNATO(北大西洋条約機構)諸国などにも向けられている。決して日本に対してだけではないのだ。
第2の見方は国際問題が専門の米国人「浅学識者」たちだ。彼らは日米同盟に関するトランプ発言を批判し、日米安保条約の片務性は日本に再軍備をさせないための「瓶の蓋(ふた)」であり、「中国の核兵器開発に対し日本に核武装させないための保証」なのだと、したり顔で解説する。実際に、トランプ氏が記者会見した直後に米CNNが報じた解説でも同様のコメントがあった。
まだ、こんな考えを持つ専門家が米国にいるのかと思う読者もおられるだろうが、米国国際政治学会においてアジア専門家が持つ影響力はまだまだ小さい。米国の国際問題専門家の中には欧州・NATO問題しか知らない連中が少なくない。日米安保条約の経緯に関する彼らの理解はしょせんこの程度なのだ。これが今の米国外交を取り巻く現実なのだろう。
第3の見方は、日本の「空想的平和主義者」たちだ。長年にわたって日米安保に反対し、安保条約破棄を求めてきた彼らは、今回のトランプ発言をいかに受け止めたのだろう。彼らが求める通り米国が安保条約を「破棄」しようとするなら、それは「衝撃」ではなく、むしろ「歓迎」すべきではないのか。それとも、トランプ氏が突然「本音」を明らかにしたので、思考停止に陥っているのか。
空想的平和主義者らが示す最も典型的な反応は、相変わらずの「安倍政権批判」だ。要するに、安倍政権は米国とのやり取りに関する事実を隠蔽するだけでなく、トランプ氏の要求を大義名分に参議院選挙後にさらなる解釈改憲を始める、といった論調である。こうした議論もこの問題の本質に肉薄する迫力を欠いているようだ。
最後は日本の一部の「改憲論者」たちである。トランプ氏の発言は日米同盟に「不公正で不平等な片務性があるという核心」を突いており、米国議会の中にも「日本に憲法改正を求める」声がある以上、日本側もこのトランプ発言を真剣に受け止めるべきだと彼らは主張する。間違いとは言わないが、そのような改憲は現実問題として可能なのだろうか。
米国政府が、現在の日米安保条約を改定するよう正式に提案し、日本にNATO加盟国と同等の「対米防衛義務」を求めるのであれば、憲法改正が必要となる。しかし、現時点ではトランプ氏個人が「安保条約からの撤退は全く考えておらず、単に、不公平な状況はいずれ変えざるを得ない」と考えているに過ぎない。されば、日本側の過剰反応は不要だろう。
日米安保条約は実質的に相互性を持つ
以上の通り、我々は今回のトランプ発言に右往左往する必要はない。最後に筆者の見立てを簡単に書いておこう。
1)日米安保条約は完全に相互的ではないが、不公平ではない
日本に対米防衛義務がないのは事実だが、同時に、東アジアにおいて米軍、特に海軍のプレゼンスを維持できる国は日本以外にない。日米安保の実質的相互性に対する日本の貢献は決して小さくない。それを「不公平」とする見方は決して「公平」ではなかろう。
2)トランプ発言は単なる「取引材料」ではない
今回のトランプ発言を、在日米軍駐留経費の全額負担などをめぐる日米交渉に持ち出す「取引材料」と見る向きも一部にある。だが、筆者はそれに与しない。これまでも日本は「安保と経済の取引」に強く反対してきた。この程度のトランプ氏の思い付き発言により、日本側が貿易交渉で譲歩することはないだろうし、またそうすべきでもない。
3)空想的平和主義から、現実的平和主義へ
様々な思い付きで構成されるトランプ氏の語録の中で、今回の発言は意外に正鵠を射ている部分がある。今回の発言に対し、日本の戦後の非武装中立、駐留なき安保、米中との等距離外交といった「空想的平和主義」は無力である。それが明らかになったという点では、今回のトランプ発言に一定のメリットがあったのかもしれない。
4)憲法改正は容易ではなかろうが、そのための議論は必要である
上述の通り、日米安保条約をNATOのような完全な相互防衛義務を伴う条約に改定するには、恐らく国連憲章が定める集団的自衛権の完全行使が必要となり、現実問題としては難しいだろう。しかし、改憲の成否はともかく、改憲の議論ぐらいはしてもよいのではないか。日本が同盟問題について従来の「思考停止」を続ける余裕などもはやないのだから。
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