米ブルームバーグ通信が6月24日、「トランプ大統領が最近、側近との会話で『日米同盟の破棄』に言及した」と報じた。「日本が攻撃された場合に米国が防衛を約束しているのに、日本は米国を防衛する義務を負っておらず一方的」と認識しているという。この報道を巡る専門家の見方はさまざまだ。「本当ではないだろう」との評価もあれば、「日米同盟の根幹に関わる大きなダメージだ」と見る向きもある。
「本当ではないだろう。あり得ない議論だ」と見るのは、中曽根平和研究所で理事長を務める藤崎一郎氏だ。米国にもドナルド・トランプ大統領自身にもメリットがない、というのがその理由。米国が覇権をめぐって中国と争っている今、地理的に中国の隣に位置する同盟国である日本との関係を棄損しても米国にメリットはない。防衛装備品の販売でも、顧客を失うことになる。日本は、ステルス性に優れる米ロッキード・マーチン製の第5世代戦闘機「F-35」を100機超購入する方針を固めている。
藤崎氏は、トランプ政権が日米貿易協議を有利に進めるために、日米同盟をカードに使った可能性にも否定的だ。「もし、そのような意図があるのなら、話が表に出ないように進めるだろう。表に出れば、日本が反発する可能性がある」(同氏)
日米関係と安全保障を専門とする拓殖大学の川上高司教授も「あり得ない話だ。記事はトランプ氏が側近と『最近』話をしたとしているが、『最近』とはいつのことなのだろう」と、藤崎氏と同じ見方に立つ。川上氏が「最近」を重視するのは、トランプ大統領が「就任前」、日本が駐留経費負担を増額しなければ在日米軍を撤退させる方針を示していたからだ。「米国は世界の警察官ではない」とし、北朝鮮や中国への抑止力として日本の核保有を認める趣旨の発言もしていた。その頃ならともかく、「最近」になっての離脱議論はあり得ないとの認識に立つ。
トランプ大統領が5月に国賓として来日した際にも、安倍晋三首相との蜜月ぶりをアピールしたばかりだ。
対イラン強硬派が緊張の継続を望む?
その一方で川上氏は、トランプ政権内で内輪もめが生じており、それが今回の報道につながった可能性を指摘する。あり得るのは、トランプ大統領とジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)らとの対立だ。ボルトン補佐官は対イラン強硬派。米誌の報道によると、6月20日に行われたイラン攻撃をめぐる協議も主導した。同補佐官は、イラク戦争の時に国務次官の職にあり、この時も開戦を強く主張したとされる。
他方、トランプ大統領は6月23日、「イランとの交渉に前提条件はない」と発言しており、交渉に前向きだ。5月に来日した際には、イランと軍事衝突したくない考えを安倍首相に伝え、仲介を望んだという。このため、トランプ大統領と意見を異にするボルトン・チームが、緊張緩和に進む同大統領と安倍首相を離間する意図で情報を流した、という見立てが考えられる。
今後も仲介が進まず、イランをめぐる緊張が続けば、トランプ政権内の親イスラエル勢力にとって好ましい環境となる。9月に議会選挙を控えるイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相に有利な情勢をもたらす可能性があるからだ。イスラエルとイランの関係は険悪で、同首相はこれまでもイランに対し強硬的な姿勢を示してきた。
「日米同盟の根幹に関わるダメージ」
専門家の中には、トランプ大統領が日米同盟の破棄を検討して、それが表に出るのは日米の信頼関係に大きなダメージだとの見方もある。明海大学の小谷哲男准教授はこうした見方をする一人だ。「個人的な会話ということなので、現実の動きがすぐにあるわけではないだろう。仮にトランプ大統領が離脱に動けば、側近が反対するに違いない」としつつ、トランプ大統領が日米同盟のあり様を理解していないことを懸念する。同氏は日本の外交、およびインド・太平洋地域の国際関係・安全保障に詳しい。
日米同盟は、日本が基地を提供するのに対して、米国が核の傘とシーレーン防衛を提供する、というのが大きな構図だ。「非対称」ではあるが「平等」とされてきた。しかし、「トランプ大統領はこの非対称部分を不平等と認識していることになる」(小谷氏)。在日米軍基地が持つ価値を理解していないというわけだ。
これには傍証がある。トランプ大統領は6月24日(日本時間)、「中国が輸入する石油の91%はホルムズ海峡を通過する。日本の石油の62%も同様だ。なぜ米国がこうした国々のために無償でシーレーンを守る必要があるのか」とツイートしている。
日米関係の「こうした状況を中国や北朝鮮はどう見るだろうか」(小谷氏)
トランプ大統領が日米同盟の破棄を本気で考えている場合、日本には今後、どのような選択肢が考えられるか。一つは憲法の改正だ。「日本は非対称性を解消すべく、平和安全法制を整え、集団的自衛権を限定行使できるようにした。現行憲法が許すギリギリのところまで来ている。いま以上に対称のものにするならば、憲法を改正する必要がある」(小谷氏)。
このシナリオは、改憲を望む安倍首相にとって追い風となるのか。小谷氏は「現時点で改憲するのは事実上、不可能だろう。国民の意識がついてきていない。『このままでは米国に見捨てられるので、対等な関係を築けるよう改憲すべき』と国民は考えるだろうか」と見る。
関係を対等にするのでなければ、どうするか。①可能な範囲で防衛協力を拡大、②米軍駐留経費の負担増、③貿易協議での譲歩。現実的な選択肢と考えられるのはこれらの対応、およびその組み合わせだろう。
核を持たずに平和を維持
トランプ大統領が日米同盟の破棄を進める場合、日本はその引き留めを試みるだろうが、引き留められないケースも考えられる。その時にどうなるか。米中関係に詳しい、キヤノングローバル戦略研究所の瀬口清之・研究主幹は(編集注:米国の核の傘を失った)「日本は核兵器を保有することになるのだろうか。もし核保有を選択しない場合、日本は『核の抑止力に頼ることなく平和を維持する』と宣言することになる。もちろん通常兵器は大幅に強化する必要あるだろうが」。これは、中国や北朝鮮などの核保国を周辺に持つ日本にとって、大きな挑戦となる。
加えて、「東アジアから中東に続くシーレーンを日中が共同で守る防衛協力が進むことになる。すでに海賊対処では協力している」(瀬口氏)
「トランプ大統領が日米同盟の破棄に言及」--改定から数えても60年にわたる歴史をひっくり返しかねない報道に、驚きと当惑の声が上がった。しかし、そこにとどまるのではなく、さまざまな選択肢を考える機会としたい。
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