
6月23日、タイのバンコクでASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会議が閉幕した。今回の会議では、ASEANが独自の地域構想としてインド太平洋「概況(outlook)」をまとめたことに関心が集まった。この概況では、インド太平洋地域の中心にASEANがあることを強調し、(1)海洋協力、(2)連結性、(3)国連の持続可能な開発目標、(4)経済そのほかの分野の協力、の4点に言及した。インド太平洋については、日本政府や米国政府が構想や戦略を提唱してきた経緯もあり、ASEANがどのような独自性を出すのかに注目が集まった(なお、インド太平洋「構想」かインド太平洋「戦略」かについては、北岡伸一『世界地図を読み直す』に詳しい)。
今回、「概況」を発表したことからは2つの意味が読み取れる。第1に、ASEANの中心性を強調することで、米国によるインド太平洋戦略との違いを示す必要があった。2019年6月1日に米国防総省が公表した「インド太平洋戦略報告書」に典型的にみられるように、米国主導のインド太平洋戦略は対中けん制の色彩を強めている。
第2に、それにもかかわらずインド太平洋という言葉を使ったことに意味がある。米国のインド太平洋戦略にはASEANにとって魅力的な部分が少なくないため、インド太平洋という概念そのものを否定せず、むしろそれを活用して、東南アジア地域をさらに発展させていこうというASEANの意思が読み取れる。
米国による経済支援を取り込む
米国防総省の「インド太平洋戦略報告書」は、「インド太平洋ビジネス・フォーラム」でマイク・ポンペオ国務長官が行った演説を、米国政府全体の取り組みとして参照している。米国務省が18年11月に公表したファクトシート「自由で開かれたインド太平洋地域を推し進める」は、米国政府が進めるインド太平洋戦略に関する情報をまとめている。ポンペオ演説を裏付けるように、18年10月にトランプ大統領が「開発に向けた投資のより良い活用法(通称BUILD法)」に署名した。これにより、米国際開発金融公社が新たに発足し、米国が取り組む開発金融の枠を600億ドルに倍増した。また、日本と米国のエネルギー分野での協力を進める「日米戦略エネルギーパートナーシップ」を立ち上げ、官民を合わせて100億ドルの投資を天然ガス分野に呼び込むことなどに合意した。
18年11月の米ASEAN首脳会議では、米国のマイク・ペンス副大統領が「米ASEANスマートシティ・パートナーシップ」を打ち上げ、1000万ドルを投資して、ASEAN諸都市部のデジタル化を支援するとした。これに関連し、かつて中国との共同開発が進みかけたフィリピンの全国ブロードバンド網整備において、米国が技術協力することが決まった。このように、米国のインド太平洋戦略は、米国および米国の同盟国による東南アジア地域への経済開発支援が多く盛り込まれている。
「東南アジア」から広義の「東アジア」へ
そもそも、ASEANの特徴は開かれた地域主義にある。特に、日本などからの直接投資を積極的に受け入れて経済成長を進めた1980年代後半以降、東南アジア経済は東北アジアとの結びつきを強め、東アジア全体に広がる生産ネットワークが形成された。グローバルバリューチェーンやサプライチェーンという言葉でも説明されるものだ。旺盛な民間直接投資がこの地域の経済を活性化してきた。
また、93年に世界銀行が出版した報告書「東アジアの奇跡」の題名そのものが示すように、生産ネットワークでつながった経済活動は、東アジアという地域概念も生み出した。97年のアジア通貨危機以降、ASEAN+3(日中韓)やASEAN+6(日中韓NZ豪印)など、さまざまな「ASEAN+(プラス)」の地域枠組みが生まれた(これについては、大庭三枝『重層的地域としてのアジア』に詳しい)。今回のASEANによるインド太平洋概況では、ASEANを中心に、日本、米国、中国やインドなどをメンバーとする東アジアサミット(EAS)の存在が強調された。
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