ライシ師の勝利に歓喜するイランの人々( 写真:AP/アフロ)
ライシ師の勝利に歓喜するイランの人々( 写真:AP/アフロ)

 6月18日に実施されたイラン大統領選は、大方の予想通り、反米で保守強硬派のライシ司法府代表が得票率62%、約1790万票を獲得して圧勝した。保守強硬派の政権奪還は2期8年ぶり。穏健派ロウハニ大統領に代わり、8月にはライシ師が新大統領に就任する。

 日本での主たる関心は、ライシ次期大統領の下でのイラン国内政治や対米関係などの外交姿勢、特に、「米国によるイラン核合意復帰」をめぐる現在も続く交渉の行方にあるようだ。

 だが、残念なことに日本では、イランを含む中東情勢に関して人々の関心・理解は必ずしも高くない。これまで、イラン情勢について様々な誤解に基づく情報が内外で垂れ流されてきた。今回も、例に漏れず、イランの大統領選挙情勢をめぐる情報には不正確で怪しげなものが散見される。されば今回は、イラン大統領選挙の分析を通じ、米イラン関係をめぐる「神話」と「現実」について書くことにしよう。

ライシ次期大統領は「聖職者」ではない

 以下の情報が流布している。
●イラン大統領選は19日に開票され、反米保守強硬派の聖職者、イブラヒム・ライシ司法府代表が62%を獲得して当選した。
●ライシ師は、イスラム教シーア派の聖地があるイラン北東部マシャド出身の聖職者。検事総長をはじめとする司法界の要職を歴任した。2017年の前回大統領選ではロウハニ師に敗北した。次期最高指導者の有力候補と目される。
●ライシ師は、預言者ムハンマドの末裔(まつえい)とされる家系に生まれたことを示す黒ターバンを頭に巻いている。高位の聖職者でもある。

 残念ながら、いずれも不正確である。筆者の知る限り、イスラム教は「神と人間」の間に特権集団を認めない。よって「聖職者」などいないからだ。この点はキリスト教と異なる。アラビア語で「学者たち」を意味する「ウラマー」である彼らは、日本では通常「イスラム法学者」と訳される。筆者は「イスラム聖職者」と書く記事や評論を基本的に信用しない。

 以上を前提に、ライシ次期大統領の人物像についてまとめてみよう。

●反米保守強硬派のライシ師は60歳。イスラム教シーア派の聖地がある、北東部マシャド出身のイスラム法学者。イスラム体制の維持で重要な役割を果たす司法府で検事総長などの要職を歴任した後、2019年には司法府代表に就任した。これは最高指導者ハメネイ師の任命による。聖地マシャドで、宗教施設の管理責任者を務めていた時期もある。
●知名度の高いイスラム法学者として、宗教界をはじめとする保守強硬派から支持を集めた。今年82歳となる最高指導者ハメネイ師の後継候補の1人ともいわれる。4年前の前回大統領選挙にも立候補しロウハニ候補に敗れた。今回の選挙戦では「物価の高騰などをもたらした」としてロウハニ政権を厳しく批判した。(以上は、NHKの報道による)

 要するにライシ次期大統領は、18歳でイラン革命に参加して以来、一貫して保守強硬路線を貫いてきた。ハメネイ現最高指導者の最側近として仕える、コテコテの反米政治家なのだ。ライシ師はハメネイ師のまな弟子であり、最も信頼する次世代政治家である。今回の大統領職は単なる「通過点」にすぎないだろう。高齢のハメネイ師に万一「Xデー」が来れば、ライシ師は次期最高指導者の最有力候補の一人だ。暗たんたる気持ちになるのは、筆者だけではなかろう。

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