レバノンで、同性愛が犯罪であることに反対する人々(写真=AP/アフロ)
レバノンで、同性愛が犯罪であることに反対する人々(写真=AP/アフロ)

 米ウォルト・ディズニー傘下のピクサーが制作したアニメーション映画「バズ・ライトイヤー」がアラブ首長国連邦(UAE)で上映禁止になった。有名な「トイ・ストーリー」シリーズの作品なので、「子ども向けのアニメ(と、少なくとも筆者は認識していた)で何が引っかかったのか」といぶかしく思っていたところ、女性同士がキスしているシーンがあり、これをUAE当局が問題視したのだという報道があった。UAEは、女性同士だろうが男性同士だろうが、同性愛は受け入れられないという立場らしい。

 ディズニー、あるいはそれ以上に、傘下のピクサーは、民族や性の多様性を重視した作品を創り出している。近年は子ども向けの作品であったとしても、ゲイ(男性同性愛者)やレズビアン(女性同性愛者)のキャラクターを登場させるようになっていた。そのため、同性愛に対して拒否反応が強いアラブ諸国では、ディズニー作品をボイコットする動きまで出ている。エジプトの最高宗教権威であるアズハル学院も、「子ども向けの娯楽を通じて同性愛という不道徳な犯罪をムスリム(イスラム教徒)社会に浸透させようとする組織的な計画」に警告を発した。

 「ライトイヤー」に関して、中東、あるいはイスラム圏ではUAEの対応に同調する国がある。レバノン、エジプト、クウェート、モロッコ、マレーシアなどで上映禁止になっている。

 サウジアラビアでも似たような動きが見える。サウジアラビア商業省はみずからのツイッターで「異常なもの、一般的な常識に反するものを推奨するような製品を押収し、違反したものに罰則を科す」と述べた。テキストといっしょに投稿された動画では、ショッピングモールを巡回する監視員が主として「虹色」の模様がついたオモチャや子ども服をやり玉に挙げている。ここでいう「異常なもの」「常識に反するもの」が、虹色が象徴するLGBTQ(性的少数者)を指しているのは明らかだろう。

コーランも預言者言行録も許さない男性の同性愛

 これは単に政府の問題だけではない。アラブ諸国では同性愛ではない人たちが、同性愛に対しかなり露骨に嫌悪感を示していた。個人的な経験にすぎないのだが。

 イスラーム(以下、イスラム)の聖典クルアーン(以下、コーラン)は「ルートの民」として男色者を描いている。ルートとは旧約聖書に登場するロト(編集部注:人名)であり、ルートの民とはソドムとゴモラ(編集部注:いずれも地名)の民のことである。ソドムとゴモラでは人々は「淫行にふけり、不自然な肉欲に走った」ゆえに神の怒りを買って滅ぼされてしまう。ここでいう淫行や不自然な肉欲が具体的に何を指すのか、聖書は明示していないが、一般的には男色と解釈されることが多い。イスラムでもこの話は踏襲されており、男色が許されないことの根拠となっている。

 また、預言者ムハンマドの言行録であるハディースには、預言者が、ルートの民の行為をイスラム共同体にとって最も恐ろしいものと位置づけ、その行為をしている者を殺せと命じている伝承もある。

 なお、コーランには女性の同性愛について言及する章句はないとされているが、ハディースには女性同性愛を示すものが存在する。

 いずれにせよ、イスラムは婚姻関係にある者同士(つまり夫婦)の性行為以外は許しておらず、婚前交渉や姦通(かんつう)と同様、同性愛はイスラム共同体を破壊しかねない重罪とする。特に男色については死刑とする説が有力だ。ただし、処刑方法に関しては、石打ち刑(これは姦通罪と同じ)、火刑、あるいは町で最も高い建物から真っ逆さまに突き落とすなど、複数の説がある。

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