
安倍晋三首相が6月12日から、日本の首相としては41年ぶりにイランを訪問、同国のハッサン・ロウハニ大統領やアヤトラ・アリ・ハメネイ最高指導者と会談した。米国・イラン間の緊張が高まるなか、日本が何らかの仲介や緊張緩和のための努力をするのではないかと、世界の注目を集めていたが、成果が出るまえに、オマーン湾で日本のタンカーを含む2隻の船舶が攻撃される事件が発生。注目は一気にそちらのほうに移ってしまった。
筆者はペルシャ湾岸情勢をフォローしているが、専門はイランではなく、アラビア半島側のほうだ。したがって、アラブ側の視点を踏まえながら、今回の一連の事件を少しちがった角度から眺めてみよう。
サウジの“影のキーマン”と意思疎通
安倍首相はイランへ出発する前、イランと対立するサウジアラビアの実力者、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子(MbS)に電話をした。ここで安倍首相は、イラン訪問について説明したとされる。いちおう仁義を切ったというところだろう。サウジアラビアはG20のメンバーであり、来年のサミット議長国でもあるので、大阪でのG20サミットではきわめて重要な位置を占める。
また、サウジアラビアは、今回のサミットに合わせて大規模な代表団を日本に送っている。6月17日には、JETROが主催する「日本・サウジ・ビジョン2030ビジネスフォーラム」の場で、両国の政府・企業が多数の協力覚書に署名した。サウジ側の日本への期待は並々ならぬものがある。
個人的には、6月10日に安倍首相がサウジアラビアのムサーイド・アイバーン国務相と会見したことに興味をそそられた。大国「日本」の首相がわざわざ、国際的には無名で、しかも無任所の国務相と会見するのは異例であろう。
アイバーン国務相は米ハーバード大学で博士号を取得した、名家出身のエリートであり、アブダッラー前国王時代からいわゆるインナー・サークルに属していた。前国王のレガシーをかならずしも継承していない現政権においても権力の中枢に残ったのは、やはり政治家としての能力だろう。
サウジアラビアではムハンマド皇太子が「ミスター・エブリシング」としてあらゆる権力を掌握しているとされるが、アイバーン国務相の関与する範囲も負けず劣らず幅広い。サウジアラビアでは政治安全保障問題会議と経済開発問題会議という2つの組織が内閣において重要な役割を果たしており、実際ムハンマド皇太子が両会議の議長をつとめている。そして、アイバーン国務相も、この両会議のメンバーに名を連ねているのだ。両会議いずれにも参加しているのは、職掌(閣僚)として兼務しているケースを除けば、アイバーン国務相だけである。内閣トップの首相であるサルマン国王はこの両会議のメンバーですらない。
また、アイバーン国務相は、さまざまな機会でサルマン国王の後ろでつねにつかず離れずいる姿が目撃されており、国王の覚えめでたいこともうかがえる。
無任所の国務相というのはむしろ裏方や遊撃部隊として政権中枢の意を受け、自由自在に動きやすいポジションなのだろう。いずれにせよ、日本政府がサウジアラビアを重視している姿勢は、サウジ現政権中枢にはきちんと伝わったにちがいない。
おそらくオマーン湾での事件は、G20サミットの場でも議論されるであろう。米国やそれに同調する英国、サウジアラビアなど反イラン国の声が大きくなることが予想されるが、どうそれをかじ取りするか、議長国である日本の力量が問われる。
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