段階的核廃棄で合意できず

 ただし「段階的」に進めることが前提でした。例えば北朝鮮が主要な核施設を廃棄したら、米国が経済制裁の大部分を撤廃する。北朝鮮の立場に立って考えれば「一括」廃棄は、とてものめるものではありません。「廃棄した瞬間に何をされるか分からない」と考えていますから。

 しかし、米国と「段階的廃棄」で合意することはできませんでした。

第1回の米朝首脳会談で米国は「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)を要求。この表現が共同声明に盛り込まれなかったことから、日本では2つの見方が広まりました。1つは、「CVID」が盛り込まれなかったのを残念がる声。もう1つは、米国が「CVID」を取り下げなかったことに安堵する声でした。

 後者の見方は、米国が「CVID」を取り下げ、日米のデカップリングが進むことを懸念する人々が抱いていたものです。米国が、米本土に届くICBM(大陸間弾道ミサイル)の開発とさらなる核開発を凍結するのを条件に、北朝鮮が当時保有する核兵器を認めることで合意してしまうのでは、と心配していたのですね。米国の安全は担保されても、日本に対する脅威は変わらないわけですから。

小此木:そうですね。そして、2019年2月にベトナム・ハノイで開かれた第2回米朝首脳会談で、北朝鮮側が「寧辺(ニョンビョン)の核施設を廃棄する見返りに、経済制裁を解除してほしい」と要求したのを米国が拒否し、ディールは成立しませんでした。

会談終了の直前まで「何かしらの合意がある」との報道がなされていたので、合意文書に署名することなく終わったことに驚きの声が上がりました。

小此木:北朝鮮はハノイでの交渉に失敗したのです。その後、金与正氏が降格されている点からも明らかです。

 北朝鮮はその後、米国の変化を待つことになります。

北朝鮮は19年12月に入って、12月下旬に「重大決定」をすると予告をしました。同国外務省のリ・テソン外務次官(米国担当)が「近づくクリスマスのプレゼントに何を選ぶかは米国の決心次第だ」と発言し、危機感をあおりました。

小此木:結果として、19年末は何事も起こらずに終わりました。そして、さらに半年がたち、現在に至ります。北朝鮮は、米大統領選が進むプロセスで、トランプ大統領が再選を勝ち取る手段として北朝鮮との交渉を進めるのではと期待していたのだと思います。

 しかし、もはやその可能性はない。北朝鮮とのディールが、トランプ大統領の再選に寄与する状況ではありません。新型コロナウイルスの感染拡大による経済への影響が大きくのしかかっている中、人種差別に反対する市民運動が盛り上がっています。黒人男性ジョージ・フロイドさんが米ミネソタ州ミネアポリスで白人警官の暴行により死亡した事件を契機とするものです。北朝鮮問題が、トランプ大統領の中で高い優先順位に位置することは考えられません。

 こうした環境をふまえ、今後のディールは不可能と判断し、「ご破算」を決めたのです。南北共同連絡事務所の爆破は米国に対する警告でもあります。

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