金正恩氏の近影(提供:KNS/KCNA/AFP/アフロ)

 6月12日に、北朝鮮の外務相である李善権(リ・ソンゴン)が米政府とその要人を批判する談話を出した。その中で米国に対抗するための核抑止力を強化することにも言及した。つまり核兵器とミサイルの開発をさらに進めるというのである。

 もちろん李善権が決定したことではない。彼は「わが最高指導部は、歴史的な党中央軍事委員会第7期第4回拡大会議で、現在の内外情勢に合致する国家核発展戦略を討議し、米国の長期的な核戦争脅威に対処するために国の核戦争抑止力をいっそう強化することについて厳かに宣明した」と語っている。李善権は、朝鮮労働党中央軍事委員会委員ではないが、外務相として、朝鮮労働党中央軍事委員会第7期第4回拡大会議で決定した核抑止力の強化を米国に伝えているわけである。

モラトリアム中止から核抑止力強化の決定まで半年

 5月23日に開催された党中央軍事委員会第7期第4回拡大会議での核抑止力強化の決定は、2019年12月28~31日に開催された朝鮮労働党中央委員会第7期第5次総会(全員会議)で、核実験と大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射実験のモラトリアムをやめると決定したことの延長線上にあり、既定路線ではある。党中央軍事委員会は党中央委員会の中の会議体であるので、党中央委員会の決定に基づいて、党中央軍事委員会で決定する順番は規定通りである。

 ただし、モラトリアム中止から核抑止力を強化する決定まで半年もの時間がかかった。党中央委員会第7期第5次総会で金正恩(キム・ジョンウン)が「世界は遠からず朝鮮民主主義人民共和国が保有することになる新しい戦略兵器を目撃するだろう」と語っていたのだから、もっと早く決定してもよさそうなものである。

 その間、米国との関係改善は見込めないものの、米国との急な関係悪化を避けようとしていた様子がみられた。2020年1月11日に北朝鮮外務省顧問である金桂官(キム・ゲグァン)が「わが国務委員長とトランプ大統領の親交が悪くないのは事実である」と発言した。3月22日には朝鮮労働党第1副部長である金与正(キム・ヨジョン)が「国務委員長同志に変わらない信義を送ってくれた米大統領に心からの謝意を表する」と発言している。理由は分からないが、米国との急な関係悪化を避けて、約半年かかって朝鮮労働党は核抑止力を強化する決定に至ったわけである。

短距離ミサイルの能力も強化へ

 党中央軍事委員会第7期第4回拡大会議での決定は、正確には「国家武力の建設と発展の総体的要請に従って、国の核戦争抑止力をよりいっそう強化し、戦略武力を高度の臨戦状態で運営するための新しい方針」であった。もちろん、これは核抑止力、すなわち核兵器とその運搬手段としてのミサイルなどの開発をさらに進めることである。

 さらに「朝鮮人民軍砲兵の火力打撃能力を画期的に高める重大な措置」が取られることになった。砲兵部隊は、短距離弾道ミサイルやロケット砲を担当している。米国に対する核抑止力としての中長距離弾道ミサイル(運用は戦略軍の担当)だけでなく、韓国や日本を攻撃できる短距離ミサイルの能力を高めるための砲兵を重視する措置を取ることが決まったわけだ。とはいえ、これらは今まで実行してきたことではある。

 もっとも、朝鮮労働党中央軍事委員会第7期第4回拡大会議では、「新しい部隊を組織、編成して威嚇的な外部勢力に対する軍事的抑止能力をさらに完備する」ことも議論したので、戦略軍や陸海軍の砲兵部隊も再編成する可能性がある。ただし、現在のところは分からない。

核・ミサイル開発の中心人物が相次ぎ出世

 砲兵は、金正恩と強いつながりがある。金正恩が砲術の専門家であることは、彼が最高指導者になったころに北朝鮮で喧伝(けんでん)された。実際に、最高指導者になってから金正恩が実行したのは、戦略軍の創設(当初は戦略ロケット軍)であり、これは砲兵部隊の一部によって新たに構成されたものであることは間違いないであろう。これによって砲兵司令部がなくなり、代わりに陸軍将官が局長を務める砲兵局が現れるようになった。その砲兵局長だった人物が党中央軍事委員会第7期第4回拡大会議で目を引いた。

 党中央軍事委員会第7期第4回拡大会議では、いくつかの人事交代や昇進も決定された。その中で、2人の人物が目を引いた。この2人が核兵器とミサイル開発の中心人物とみて間違いない。その1人が「実は4回目だった北朝鮮短距離ミサイル実験、国防力強化へ」の回で詳しく紹介した元砲兵局長の朴正天(パク・ジョンチョン)である。

続きを読む 2/2 非核化と米朝首脳の親交は別

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