日独の検査戦略に違い
日経バイオテク(電子版)は、久保田文記者の独自取材に基づく秀逸なレポートを2月28日付で公表した。この記事によると、日本でPCR検査体制の拡充が遅れた理由の1つは、初期の段階で国立感染研究所(感染研)が民間のリソースに頼らずにPCR検査を実施しようとしたことだ。
久保田記者は、記事の中で「今回の新型コロナウイルスに関しては、中国当局が1月12日にウイルスのゲノム配列情報を公開。それを受けて国内では、感染研が1月下旬、自家調整の遺伝子検査の手法を確立した。(中略)そして、1月28日からマニュアルを配り、感染研の主導で、全国の地方衛生研究所で、同様の自家調整の遺伝子検査を実施できる体制を整え始めた」と報じている。つまり感染研もドイツとほぼ同じ時期に、新型コロナウイルスの検査方法を独自に開発していたのだ。
各国が自国の事情に応じた検査方法、防疫対策を取ることは全く不思議ではない。しかし新型コロナウイルスの感染が拡大する速さは、過去の経験を大幅に上回るものだった。
日独の間で差が生じたのは、ベルリン・シャリテ医科大学病院のクリスティアン・ドロステン教授のチームが、ドイツ感染症研究センター(DZIF)を通じて検査方法を国内外にいちはやく公開し、大学病院から民間検査会社に至るまで広く普及させたのに対し、日本側が検査キャパシティーを一気に拡大しなかったことだ。当初はロシュの研究用試薬を使う方針もなかった。
久保田記者の記事によると「数百人に上る武漢からの帰国者や、数千人規模のクルーズ船の乗員乗客など、検疫の対象者が一気に増加。かつてないほどの規模で遺伝子検査を実施する必要に迫られ、これまでの感染研頼りの検査体制では追い付かなくなった」 。
さらに同記者は「Roche社の診断薬事業部門の日本法人であるロシュ・ダイアグノスティックスも、早々に国内で研究用試薬や装置を供給する体制を整えていたとみられるが、感染研が、自家調整の遺伝子検査と、Roche社の研究用試薬を使った遺伝子検査が「同等である」と確認し、マニュアルに載せたのは、2月13日になってからだった」と伝える。(久保田記者の記事の抜粋を、このレポートの末尾に掲載)。
つまりドイツは日本とは異なり、250社もの認証済み民間検査機関に判定作業を外注できる、分散的な体制を整えたからこそ、3月上旬に押し寄せた新型コロナウイルスの「大波」に対応できたのだ。
ウイルスとの戦いの最重要局面は2月だった
新型コロナウイルスとの戦いでは、1~2週間の対策の遅れが、重大な結果を生む。ドイツにとって最も重要だった時期は2020年2月だった。欧州に暮らす大半の人がまだ「新型コロナウイルスは遠い中国での出来事」と軽視していた時期である。メディアも、感染者が爆発的に急増する可能性をほとんど指摘していなかった。
ウイルスが人々に知られぬままドイツで拡大し始めた引き金は、2月中旬から下旬の、カルネバル(謝肉祭)の休暇だった。この時期には、学校が数日間休みになる。いわば冬休みだ。多くの市民は休暇を取り、オーストリアやイタリアの山岳地帯に旅行して、スキーを楽しむ。
台風の目となったのが、オーストリアのイシュグルという村だ。この村の「キッツロッホ」というホテルで、バーの従業員が新型コロナウイルスに感染していた。狭いバーで、歌やダンスを含むアプレシー(スキーの後の宴)のどんちゃん騒ぎが行われた。ここで発生した「密接・密集・密閉の3密」が感染拡大を加速し、欧州全土から来ていた多数のスキー客がウイルスを母国に持ち帰り、広めてしまった。
ドイツでは、南部のバイエルン州とバーデン・ヴュルテンベルク州での感染者が最も多かった。その理由は、これらの州がイタリアとオーストリアに近いからだ。両国で休暇を過ごした多くの市民が、バイエルン州とバーデン・ヴュルテンベルク州にウイルスを持ち帰った。
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