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ぎこちない握手を交わす米国のシャナハン国防長官代行と中国の魏鳳和国防相(写真:AP/アフロ)

 恒例の「アジア安全保障会議」が5月31日~6月2日 にかけてシンガポールで開催された。年に一度アジア地域内外の国防大臣や安全保障の専門家などが一堂に集うこの国際会議は「シャングリラ会合」とも呼ばれ、今年で18回目となる。某有力通信社は、同会合で6月1日にシャナハン米国防長官代行が基調演説を行い、「新たなインド太平洋戦略を発表した」と報じた。今回はこの「インド太平洋戦略」なるものの虚像と実像を取り上げたい。

 そもそも、この「新たなインド太平洋戦略を発表した」とする報道には一部事実誤認がある。シャナハン長官代行が言及したのはあくまで既存のFOIP戦略であって、「新たな戦略を発表した」わけでは必ずしもない。「自由で開かれたインド太平洋(以下FOIP)戦略」なる概念は、2016年8月にケニアで開かれたアフリカ開発会議(TICAD) で安倍晋三首相が打ち出した外交戦略だ。これが米国政府の正式概念となったのは確か2017年10月、当時のティラーソン国務長官が米ワシントンのシンクタンクで行った政策講演が最初だったと思う。

 その後、同年12月 に発表された米国の「国家安全保障戦略」で、従来の「アジア太平洋」に代えて「自由で開かれたインド太平洋」なる概念が盛り込まれた。更に、2018年6月の第17回シャングリラ会合ではシャナハン長官代行の前任者、マティス国防長官がFOIP戦略について初めて対外的に包括的な演説を行っている。

 こうした誤解が生じた理由は簡単だ。シャナハン演説と同時に、米国防総省が初めて「インド太平洋戦略に関する報告書」を公表したからである。同報告書は英文で55ページ、かなりの分量で従来のFOIPの経緯や現状を分析し、「修正主義勢力たる中国」、「復活した悪意ある勢力ロシア」、「ならず者国家北朝鮮」について記述している。要するにシャナハン演説は、同報告書の内容を念頭に、昨年よりさらに詳しくFOIP戦略を説明しただけなのだ。

主権を確保し、独立した決断をする能力の獲得を求める

 冒頭ご紹介した某通信社は同演説の内容として、同長官代行が「急速に拡大する軍事力と経済力を背景にした中国の領土拡張主義に対抗するため、民主主義や市場経済などの価値観を共有する各国が国防支出を増やし、地域の安定化に貢献するよう求めた」と報じていた。この点について報道はおおむね正確だ。ここでは、昨年のマティス演説と比べ、シャナハン長官代行が今回新たに言及した重要部分のみをご紹介したい。ポイントは3つある。

 第1は、シャナハン長官代行がFOIP戦略の主たる対象が中国であることを前提に、具体的国名にこそ言及しなかったものの、厳しく批判したことだ。「一部の勢力が間接的漸増的な行動とレトリックを使い、他国を経済的外交的に搾取し、軍事的に威圧し、地域を不安定化させ、彼らの独占的優位を確立すべく活気ある多様な地域社会の秩序を再編成しようとしている」。昨年のマティス演説ではこれほど厳しい批判はなかったと記憶する。

 さらに、同長官代行は同勢力が用いる具体的な「典型的手法」として次の4点を挙げた。

  • ・係争中の領域を軍事化するために先端兵器を配備すること
  • ・他国の内政に影響力を及ぼすための様々な工作を行うこと
  • ・略奪的な経済活動や借款を通じ他国の主権に関わるような取引を行うこと
  • ・他国の軍事・民生用技術を国家ぐるみで盗取しようとすること

 いずれも中国の最近の行動を念頭に置いたものであることは言うまでもない。