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中国が全人代を開催した。新型コロナ危機で落ち込んだ経済を復興すべく約8兆元の財政出動を実行する。ただし、その内容は用心深い。リーマン・ショック対応での失敗から得た教訓を反映している。中国が同じ轍(てつ)を踏むことはないだろう。ただし中国の努力だけで復興はできない。全世界が協力して臨む必要がある。特に米中両国の連携が重要であるにもかかわらず、WHOや香港などを巡る摩擦がそれを妨げている。(聞き手:森 永輔)

全人代の会場。習近平国家主席がマスクを着けずに登壇したことが注目された(写真:ロイター/アフロ)
瀬口 清之(せぐち・きよゆき)
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
1982年東京大学経済学部を卒業した後、日本銀行に入行。政策委員会室企画役、米国ランド研究所への派遣を経て、2006年北京事務所長に。2008年に国際局企画役に就任。2009年から現職。(写真:丸毛透)

延期になっていた中国の全人代(全国人民代表大会、日本の国会に相当)が5月22日から始まりました。習近平(シー・ジンピン)政権が明らかにした経済政策について、どこに注目しましたか。

瀬口:特に目新しいものはありませんでした。ただし今は、目新しいものが出たらおかしい状況です。1月下旬に武漢で新型コロナウイルスの感染が始まって以来、中国は経済を支えるべくあらゆる手を尽くしてきました。打てる手はすべて打ったところです。しばらくはその運用状況と政策効果を分析しながら、次の一手を考えていく局面にあります。

中小企業の資金繰りを支援し、雇用を支える

1月から実施してきた経済支援策について、どのように評価しますか。

瀬口:リーマン・ショックのときに実施した施策への反省に立って研究したのでしょう。非常に洗練された対応をしてきていると思います。

 重要だったのは、①中小企業の資金繰りを支える、②人々が生活に困らないようにする、という2点を素早く実行したことです。前者の取り組みとして、金融機関に無担保融資に応じるよう命じました。審査基準も緩めた。これは、不良債権がある程度拡大するのを覚悟してでも、中小企業の資金確保を重視するという強い意志の表れです。

 中小企業の支払い負担を軽減して資金が流出しないようにする施策も講じました。1つは、金融機関への返済に対するモラトリアム。6月末まで元利ともに支払いを猶予しています。加えて、国有企業への支払いも猶予します。例えば、国有企業に対する家賃の支払いが減免されました。また、国有企業から原料を仕入れて、加工品を製造・販売する企業があったとします。この企業は、国有企業に対する代金の支払いを延期できるのです。3つ目のモラトリアムとして納税も猶予します。

 中小企業の資金繰りを支援することで雇用を維持し、人々の生活を守る。これを補うため、②として、特に貧しい層向けに生活補助金を支給しました。また、水道代と電気料金が支払われなくても供給を止めるな、との指令も発出しました。

 中国では1月24日に春節の長期休暇に入って以降、各都市や省が一斉に出勤停止などの措置を講じました。このため経済活動が停滞した。紹介した経済対策は、停滞した経済が本格的に再開するまで、支える役割を果たしてきました。

 リーマン・ショックのときには、金融機関が企業に融資する際の金利を預金金利より低く設定するなどの措置を講じました。金利を下げても、その効果が中小企業などに波及するには時間がかかります。しかも過剰な金融緩和が生んだ巨額の資金は需要のない不動産開発投資や不必要な設備投資などに使われて、不良債権増大の原因となり、その後何年も事後処理に苦しみました。今回は金融機関を指導し、より即効性と実効性のある措置を目指したと言えます。

 中国政府はこうした対応をしたうえで、全人代で約8兆元(約120兆円)の財政出動を明らかにしました。