リーマン時上回る8兆元の財政出動

リーマン・ショックのときを上回る規模ですね。当時、実施した4兆元の財政出動は、①過剰かつ無駄な資産の創出、②金融システムの不安定化、③CO2排出による環境への打撃、といった後遺症をもたらしたとして批判の対象になっています(関連記事「中国経済、新型コロナ禍からの復活にジレンマ」)。今回は大丈夫でしょうか。

瀬口:その点でも、中国はリーマン・ショック時の経験から多くを学んでいると思います。

 8兆元の内訳を見てみましょう。まず中央政府が財政赤字を前年比1兆元拡大させます(財政赤字のGDP=国内総生産=比は2019年の2.8%から20年の3.6%に拡大)。財政赤字に参入しない特別国債も1兆元発行する。これで2兆元を確保します。中央政府は、この2兆元を地方政府に給付する。

 加えて、地方政府がインフラ投資用の「専項債」を発行し3.75兆元を調達する。地方政府は合計5.75兆元の資金を経済復興に充当できるようになります。高速鉄道や高速道路、都市開発などの伝統的な公共工事に加えて、例えば米国のフードスタンプのような施策などに使われます。クーポン券を持参すると、1300元(約2万円)する食事が1000元(約1万5000円)でできるという具合です。

 歳出拡大と別に、先に説明した納税猶予で2.5兆元の資金を企業の手元に残します。これは民間企業や国有企業がそれぞれの裁量で支出できるお金になります。雇用の確保や設備投資に充当することが想定されます。

 地方政府が手にする5.75兆元と企業の手元に残る2.5兆元を合わせて約8兆元になります。

リーマン・ショック時の失敗に学ぶ

 財政出動の拡大に当たって、中国政府は4つの大きな方針を示しました。ここに、リーマン・ショックから学習した点が表れています。目配りが行き届いているのです。

 第1は金融リスクを防ぐこと。ある企業の破綻が、取引のあるほかの企業や金融機関の破綻を招くシステミックリスクを起こさせない、との姿勢を堅持しました。中国は2017年に開いた共産党大会で3つの大きなリスク――金融・財政、貧困、環境――を回避すべく改革を実行するとの方針を示しています。この筆頭、かつ最大のリスクが金融リスクです。

 第2は一般財政支出について、野放図な支出を厳禁しました。公共事業と称して政府関係者が内輪の宴会や研修のための豪華な施設を建設することなどはご法度です。第3は国有企業について。本業に直接関係のない社会的機能を分離し、本来の事業分野で民間企業と対等の競争を実現する。中国ではこれまで、道路などのインフラや病院、学校などの建設を各地域の国有企業が担ってきました。これらの費用負担を軽減する一方、地方政府との不透明な関係を断ち切り、不正などが起こらないようにする。第4は不動産投資について。住宅は住むものであって投機の対象ではないことを改めて強調しました。

 これら4つの方針は、リーマン・ショック時の失敗に学んだことに加えて、経済成長において「量」ではなく「質」を重視するとの基本方針がブレていないことも示しています。先に言及した2017年の党大会で新たに示された政策運営上の重大方針です。金融・財政リスクの防止、貧困脱却、環境保護の3大改革はその質を高めるための最重要課題という位置付けですね。

 今回、GDP成長率の目標数値に言及しなかったことが注目されています。これも量、すなわち成長率の「%」は重視しない方針の一環と考えられます。

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