中国を名指ししないクアッド共同声明

 クアッド共同声明の「中国」関連部分はもう少し踏み込んでいる。

・我々は、東シナ海及び南シナ海におけるものを含む、ルールに基づく海洋秩序に対する挑戦に対抗するため、国際法(特に国連海洋法条約(UNCLOS)に反映されたもの)の遵守並びに航行及び上空飛行の自由の維持を擁護する。
・我々は、係争のある地形の軍事化、海上保安機関の船舶及び海上民兵の危険な使用、並びに他国の海上資源開発活動を妨害する試みなど、現状を変更し、地域の緊張を高めようとするあらゆる威圧的、挑発的又は一方的な行動に強く反対する。

 とはいえ、ここでも「中国」を名指しすることは一切なかった。

 だが、これをもって「今回のクアッド首脳会議は結束できなかった」と見るのは、今回「ロシア」への言及がないことをインドへの配慮と考えるのと同様に誤りである。これまでに行われた全てのクアッド首脳会議後の共同声明、共同発表において「中国」を名指しで非難したことは一度もない。これからも当分ないだろう。しかし、上に引用した部分を読めば、対象が「中国」であることは誰だって分かるはずだ。

クアッドは進化している

 そもそも「クアッドの結束」とは何か。誤解を恐れずに言えば、それは「結果」であって「目的」ではない。では、クアッドの「目的」は何かと問われれば、筆者はためらうことなく「インドをエンゲージする」、つまり「インドに関与させる」ことだと答える。インド外交の基本は、昔は「非同盟主義」、現在は「戦略的自律」だ。こうした独立性の強いインドに、日米などとの「同盟」を求めること自体、あまり生産的ではない。

 であれば、クアッドの「共同声明」において中ロが「名指し批判」されなくても、あまり心配する必要はない。インドはそうしたことに興味がない。中ロは、名指しされなくても十分メッセージを受け止めるからだ。アジア太平洋地域をインド太平洋と言い換えたのも、全ては「インドに関与させる」のが目的である。逆に言えば、それが達成されれば、結果はおのずから付いてくるのだ。

 それでは何のためのクアッドなのか、といぶかる向きもあろう。これについても心配は無用だ。過去4回の首脳会議での共同声明や共同発表を読む限り、クアッドは間違いなく進化している。クアッドの関連文書が扱うテーマも、新型コロナウイルス感染症やインフラといった非政治的なものから、航行の自由やインドの関心が高い国際テロ問題、サイバーセキュリティー、重要技術など、回を重ねるにつれ質量ともに拡大しているのだ。

バイデン大統領の台湾発言は3度目の正直か

 今回の一連の首脳外交には多くの成果があった。けれども、それらは5月23日の日米首脳会談後に行われた共同記者会見でのバイデン大統領の一言で吹っ飛んでしまった。米国人記者から「台湾防衛に軍事的関与(militarily involved)する用意はあるか」と問われた同大統領は「(用意は)ある。それが我々のコミットメントだ」と答えたからだ。内外の多くのメディアはバイデン大統領が「曖昧戦略」を転換したと報じた。

 そうした報道は必ずしも正確ではない。確かにバイデン大統領の発言は従来とは異なる。しかも、同大統領がこうした発言をするのはこれが3度目だ。これが単なる「失言」「放言」ではなく、一種の確信犯的発言であることは間違いなかろう。他方、バイデン大統領以外の米政府高官が口をそろえて「米国の台湾政策に変更はない」と明言しているのも事実だ。これが何を意味するのか。筆者の見立ては次のとおりである。

 バイデン大統領は台湾に関する従来の「曖昧戦略」を「より曖昧ではない」曖昧戦略に微修正しようとしているのではないか。従来は台湾への武力攻撃に際し「米国が何をするか」全体を曖昧にしてきた。これを、「米国が何をするか」全体ではなく、米国の軍事的関与を前提に、「米国が軍事的に何をするか」を「曖昧」にすることで中国を抑止しようと考えているのだと推測する。背景には中国人民解放軍の増強がある。

 ウクライナに関し、今も米国は「boots on the ground」以外、すなわち米軍を派遣すること以外の全ての軍事的関与を続けている。台湾有事の際も、バイデン政権はこれと同様に、武器供与、情報提供、軍事訓練などの間接的関与から、米軍部隊派兵といった直接的関与までの全てを軍事的関与のオプションとした上で、具体的に何をするかは曖昧にしておくということなのだろう。

 これが中国に対する効果的な抑止力となるかどうかは分からない。既に中国はこの発言に激烈に反応している。唯一言えることは、今後の米側の出方は中国側の反応に依拠することだ。中国側がこれに過剰反応すれば、米側の「曖昧戦略」はより「非曖昧」となるだろう。他方、中国側が自制すれば、現在の新たな「曖昧戦略」が続くことになりそうだ。

 以下は紙幅の関係で、簡潔にお答えする。

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