
歴史は思わぬ形で動くものである。米通商代表部(USTR)代表のロバート・ライトハイザーが北京からワシントンに次の報告文を送った。「中国がこれまでの合意を大幅に後退させた」。この一文が5月5日の日曜日、ホワイトハウスで一人過ごしていた大統領、ドナルド・トランプの目にとまり、ほとんど瞬間的に「10日に関税を引き上げるぞ」というツイートになった。
中国は見誤った。米国内での対中感情は悪化しており、議会でも超党派で「中国はフェアではない」「今こそ中国をたたくべきだ」という声がまん延していることを。その声を代表したのが、昨年10月に副大統領のマイク・ペンスが行ったスピーチだった。
その米国で中国が有していた最大の武器は、皮肉なことにアメリカ・ファーストを掲げるトランプだった。トランプは「中国との覇権争い」にはさして関心がなく、関心は対中貿易赤字であり、自分が習近平国家主席と話し合えば解決可能と言い続けていた。中国がトランプを満足させるパッケージを早くまとめれば、一時的にせよ、米国内にふつふつと沸き上がる中国たたきのマグマを抑え込めたかもしれない。
中国はその機会を逸した。巨大な機関車がいったん動き始めると、止めるのが難しい。米国による関税引き上げに対して、中国もメンツがあり、「中国は脅しには屈せず、原則は曲げられない」として対抗措置に踏み切る。そうなると、負けず嫌いのトランプは「さらなる関税の引き上げだ」となり、いよいよ本格的な米中貿易戦争に発展し始めた。
中国のナショナリズムに火が付いた
そこへ加わったのがホワイトハウスと商務省による二つの決定だ。一つは、米国の通信機器について安全保障上の懸念のある企業からの調達の禁止、そしてもう一つは、米国の半導体企業などに対し、華為技術(ファーウェイ)との取り引きを禁止するという決定だった。この決定は、今、米中間で起きていることは、単なる貿易戦争ではなく、技術覇権をめぐる対決だということを印象づけた。
今後、この戦いがどのような展開となるのか。トランプ自身はなお習近平との個人的関係は良好だとして、6月のG20首脳会議の場で実現するかもしれない首脳会談での進展に期待を示している。
しかし、ことはそう簡単ではなくなった。米中の対立点が、「法律の形で中国の補助金政策の見直しと技術保護を図るか否か」ということが鮮明になった。この点で、「主権と原則に関わる問題だ」と反発し、国内のナショナリズムをあおった中国が容易に態度を変更できるとは思われない。
そしてトランプも頭は選挙モードに切り替わっており、中国に「甘い対応」はできない。トランプ自身が発した一つのつぶやきが、自身も予期しなかった形で覇権をめぐる米中本格戦争の火ぶたを切る結果となったのかもしれない。
(敬称略)
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