
5月、世界は突風に見舞われた。4月30日から5月1日まで北京で行われた米中閣僚級協議は一見、円滑に終わった。だが、その後の事務折衝で中国側が合意事項を実質破棄する動きに出たというので、ドナルド・トランプ米大統領の関税賦課発言を招いた。5月9日と10日に米ワシントンで開かれた閣僚級協議においても両者の溝を埋めることはできず、次回会合についての合意もないまま終了した。
中国と交渉をしていて、一度合意したものが撤回される例はよくある。中国側交渉チームが、これでまとまると見てまとめたものが、どこからか、それはおかしいという横やりが入り、軌道修正してくる。2008年6月の『日中間の東シナ海における共同開発についての了解』に至っては、両国政府の間で正式に合意したにもかかわらず、中国国内で譲歩しすぎだという批判が噴出し、その後の折衝は中断したままだ。このケースでは、中国外交部が中南海(党総書記、国務院総理)とだけ相談し、関係部門とのすり合わせを怠ったことが批判噴出の原因だったといわれている。
それに今回は、恐らく英語を基本にして合意文書を作っているのだろう。合意文書の中国語版ができていないことに米側が不満を持っていると報道されている。この不満もよく分かる。1974年に署名された日中航空協定を作ったときもまず英語で合意した。ところが、英語の合意文書を基にそれぞれが日本語、中国語の協定案を作ってみると、そこに大きな差が生じてしまったのだ。とりわけ双方にとり微妙な部分は、自分に有利なように自国語に訳した結果、全く別の内容になってしまっていた。だから、どういう中国語が使われているのか米側が心配するのにも道理がある。
今回のケースは、中国語版確定作業の中で中国の上層部に最終的な報告がなされ、上層部がそれに待ったをかけたというのが実態に近いのだろう。そうである以上、劉鶴副首相が訪米し、協議をしたとしても、米側が動かない限り、中国側が譲歩することは難しい。ましてやトランプ大統領が関税を課すと脅している中で中国側は譲歩できない。
今回、お互いに妥協が難しい中で、市場や実体経済への影響を最小限にとどめるという“共通の利益”のために“穏やかな物別れ”を米中は演出したのだろう。
だが10%から25%に引き上げられた、中国からの輸入2000億ドル分に対する関税が間もなく実際に徴収される。中国が何らかの“対抗措置”を講ずるのは避けられない。さらに米国は、残りの3000億ドル分の対中輸入についても関税を課す検討を始めた。米中は波乱含みで再び漂い始めたのだ。
中国は景気と「ナショナリズム」に配慮を要す
ここで米中関係の基本構図をおさらいしておこう。トランプ政権は、覇権国として中国が米国を抜くことを甘受するつもりは毛頭ない。あらゆる手立てを講じて中国の台頭を遅らせ、中国に抜かれないようにする、中国に対抗し、中国を抑え込む意思を固める。一方、中国は2050年に米国を抜いて世界一になる目論見(もくろみ)を抱く。そのための技術大国であり、軍事力の増強だ。今のところ、この方向性に修正を加えている気配はない。つまり米中関係の基本構図は、対立と緊張にある。
しかし米中ともに世論ないし国内の雰囲気の強い影響を受ける。トランプ大統領にとり、次の大統領選挙への影響が最大の関心事であるように、習近平(シー・ジンピン)国家主席にとっても国内の安定が政権維持の前提条件だ。
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