ドイツのショルツ政権が、ウクライナ戦争をめぐって非難の嵐にさらされている。戦車など重火器のウクライナへの供与が遅れていることと、ロシア産ガスの輸入即時停止に反対していることが理由だ。かつて様々な危機でリーダーシップを取ったドイツの地位が急速に低下しつつある。

4月に訪日し、岸田首相(右)と会談するショルツ独首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
4月に訪日し、岸田首相(右)と会談するショルツ独首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

重火器の供与に尻込みしたドイツ

 ドイツは4月26日、ウクライナへの武器供与について路線を大きく変更した。国防省はこの日、武器メーカー、クラウスマッファイ・ヴェークマンが保管していた中古の対空戦車「ゲパルト」50両のウクライナへの輸出を許可した。ドイツが紛争地域に対空戦車を輸出するのは、初めてのこと。

 またドイツ政府は5月6日、自走155ミリりゅう弾砲「パンツァーハウビッツェ2000型」7両をウクライナに供与するとともに、使用法に関するウクライナ兵向け訓練をドイツ国内で行うと発表した。

 だが、これらの決定はショルツ政権が自発的・能動的にしたものではなく、内外からの批判と圧力に屈した結果だ。欧州で最大の経済力と人口を持つ大国ドイツは、イニシアチブを持って決断することなく、日々起こる出来事にズルズルと流され、「受け身」の態度を取っている。欧州の安全保障をめぐる第2次世界大戦以来最悪の危機の中で、ドイツのリーダーシップの欠如があらわになった。

 特にドイツのイメージを悪化させたのが、ウクライナへの重火器の供与を2カ月にわたりためらったことだ。4月の第1週に、ロシア軍が一時占領したブチャ(ウクライナの首都キーウ近郊)で、約280人の市民が虐殺されているのが見つかった。一部の遺体には、手の指の爪がはがされていたり、膝を銃で撃ち抜かれていたり、拷問の形跡があった。女性がロシア軍兵士によって乱暴されたという報告もあった。キーウ警察の調べによるとキーウ周辺の地域で虐殺された市民の数は約800人にのぼる。これらの虐殺事件は多くの国々の政治家を戦慄させ、ロシアに対する国際世論を一段と厳しくした。

 ブチャの虐殺が明らかになって以降、ウクライナだけでなく東欧諸国からも「重火器を供与すべきだ」という声が高まった。南部のマリウポリは2カ月以上にわたってロシア軍に包囲された。同市のヴァディム・ボイチェンコ市長は4月12日、「人口の5%に当たる約2万人の市民が死亡した。これは第2次世界大戦中の同市の死者数の2倍だ」と述べている。死者数には、ロシア軍の攻撃による犠牲者だけではなく、地下室で餓死した市民も含まれている。マリウポリでは電気、水、食料、医薬品の補給も断たれた。

 ロシア軍の包囲網を突破して友軍や市民を救出するには、敵軍をりゅう弾砲による一斉射撃でたたいた上で、多数の戦車や装甲歩兵戦闘車を投入することが不可欠だ。ウクライナ政府が重火器を送るよう欧米に要請したのは、そのためである。

「核戦争は避けなくてはならない」

 ドイツ政府は、ロシアによる侵略が始まって以来、ウクライナに携帯型対戦車ミサイルや携帯型対空ミサイル「スティンガー」など小型の武器は供与してきた。だがウクライナが切望する戦車や自走りゅう弾砲、大砲の供与は断ってきた。「戦車は攻撃用兵器であり、防衛用の兵器ではない」「連邦軍の兵器が足りなくなってしまう」とか、「現地での保守点検や、ウクライナ兵の訓練は誰が行うのか」と様々な言い訳を並べた。ドイツ国防省は「スロベニアがウクライナに戦車を供与し、ドイツがスロベニアに装甲歩兵戦闘車を供与する形の間接輸出ならば可能だ」と述べ、ウクライナへの戦車の直接供与をなんとか避けようとした。

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