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米国は本当に中国に対してこを持っているのか

 第1はトランプ氏の「交渉上のてこ」への過信だ。トランプ氏の有名な著書「The Art of The Deal」(邦題『トランプ自伝』)で同氏は、「最善は力の立場からの取引であり、leverage(てこ)は最大の力である。てことは相手が望むもの、必要なものであり、最善では相手にとって必要不可欠のものである」と述べている。

 しかし、米国は本当に中国に対してこを持っているのか。米国の経済指標が最近示す良い数字を見て自信過剰になっているだけではないのか。もしくは、「意味のない貿易協定に過早に署名させるという中国のわなにはまるな」といった米議会に根強い批判を恐れているだけではないのか。いずれにせよ、トランプ氏が中国の実力を過小評価している可能性は高い。

 第2は中国人の「メンツを守る」性格の強さだ。中国は今回のトランプ氏のツイートを、劉鶴副首相や習近平国家主席のメンツを潰しかねないものと考えている可能性がある。中国のエリートにとって、ワシントンまで出掛けていって、逆に脅迫され、不利な条件を飲まされたとなれば、彼らのメンツが立たない。そうであれば、中国側の妥協はますます難しくなるだろう。

 当初、劉鶴副首相は今回の協議で大筋合意に達すると期待していたかもしれない。そうであれば、中国側は合意内容を一言一句事前に調整して文書化し、次回の首脳会談では両首脳がサインするだけにしたいはずだ。2月末にベトナム・ハノイで行われた米朝首脳会談のような、米国大統領の途中退席 などあり得ないこと。トランプ氏のツイートで中国側が態度を硬化させた可能性は高い。

 最後に重要なことは、トランプ政権内の意見の対立の有無である。一般には、政権内に対立があるとし、これに焦点を当てる識者が少なくない。1つは、ライトハイザーUSTR代表とムニューシン財務長官との間の意見の相違。もう1つは、ホワイトハウスに陣取る対中強硬派の補佐官らと、実務交渉を重視するUSTRおよび財務長官チームとの対立だ。補佐官とはもちろん、ピーター・ナバロ 氏と、国家安全保障担当のジョン・ボルトン氏 だ。だが、筆者はそうした見方にはくみしない。

 トランプ政権に「良い警官と悪い警官」の分業はないのではないか。交渉スタイルの違いはあっても、彼らの間には、「中国政府は政策を根本的に変更すべきであり、もし変更しないのであれば、相応の罰を受けるべきだ」という点でコンセンサスがある。彼らの違いは安全保障を優先するか、米国経済および世界経済を優先するかの差でしかない。

 前回(「米中貿易協議の膠着が意味するもの」)でも述べた通り、今回の米中貿易交渉も様々な経過を経たのち、いずれかの時点で何らかの妥協が成立するだろう。ただし、そうした米中合意はあくまで「一時的、限定的、表面的」、すなわち不十分なものでしかない可能性が高いことに変わりはない。トランプ氏のてこへの過信や中国人のメンツへのこだわりは、米中合意を一層不十分なものにするだけだろう。