5月5日、トランプ米大統領がまたまた驚くべきツイートをした。「中国からの輸入品2000億ドル分に対する関税率を25%に引き上げる」。これは中国人が重んじるメンツを潰しかねないもの。米中貿易協議の実質的な進展はさらに遠のくことになる。
2018年3月、中国に高関税を課すメモランダムに署名したトランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)
5月5日、またまたドナルド・トランプ米大統領が驚くべきツイートを行った。今週の米中貿易交渉に進展がなければ、「金曜日(5月10日)に中国の非ハイテク産品2000億ドル分に対する関税を10%から25%に引き上げる」「その他の中国産品3250億ドル分についても近く25%の関税を課す予定である」「対中貿易交渉は続くが、あまりに遅い」と述べたのだ。
同ツイートはロバート・ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表とスティーブン・ムニューシン財務長官の北京訪問から数日後、中国の劉鶴副首相が100人以上の高官からなる代表団とともに訪米する数日前のタイミングで行われた。トランプ氏がこの時点で突然、中国に事実上の警告を与えた理由については様々な臆測が流れた。各国の株式市場も動揺したのか、軒並み値を下げている。
いずれにせよ、中国は直ちに動いた。米ウォール・ストリート・ジャーナルは「中国が劉鶴訪米の中止を検討中」であり、その理由として、「中国はトランプ氏のツイートに驚いており」「脅迫の下で交渉することを望まない」からだと報じている。米中双方に言い分はあろうが、この交渉、今後もうまくいくとは到底思えない。今回はその理由を書こう。
劉鶴副首相が予定通り訪米するかと問われれば、本稿執筆時点でその可能性は低いと判断せざるを得ない。トランプ氏の脅迫まがいのツイートは交渉上有効な戦術かと聞かれれば、それは逆効果だと思う。近い将来、米中交渉が完全決着する可能性も低いと言わざるを得ない。
まずは、米ニューヨーク・タイムズなどの報道を基に予想される米中合意の概要をまとめてみよう。
- 1)中国は知的財産権保護の強化について追加的約束を行う
- 2)中国は自動車や金融分野で市場アクセスを拡大する
- 3)中国は人民元管理の透明性拡大を約束する
- 4)中国は大豆、天然ガスなど米国産品の大規模購入を行う
- 5)中国はクラウドサービスを提供する米企業の中国内での独立営業を認める
- 6)米中両国は関税の解除の時期と態様につき合意する
- 7)米中両国は合意の効果的実施を確保するための措置につき合意する
いずれも言うのは簡単だが実施の難しい事項ばかりだ。
これ以外にも中国の産業政策、特に地方政府による各種補助金や、中国内で入手したビッグデータの管理を含む知的財産権の取り扱いなど、多くの懸案として残っている。さらに、米中貿易交渉には幾つか構造上の欠陥があるように思える。
米国は本当に中国に対してこを持っているのか
第1はトランプ氏の「交渉上のてこ」への過信だ。トランプ氏の有名な著書「The Art of The Deal」(邦題『トランプ自伝』)で同氏は、「最善は力の立場からの取引であり、leverage(てこ)は最大の力である。てことは相手が望むもの、必要なものであり、最善では相手にとって必要不可欠のものである」と述べている。
しかし、米国は本当に中国に対してこを持っているのか。米国の経済指標が最近示す良い数字を見て自信過剰になっているだけではないのか。もしくは、「意味のない貿易協定に過早に署名させるという中国のわなにはまるな」といった米議会に根強い批判を恐れているだけではないのか。いずれにせよ、トランプ氏が中国の実力を過小評価している可能性は高い。
第2は中国人の「メンツを守る」性格の強さだ。中国は今回のトランプ氏のツイートを、劉鶴副首相や習近平国家主席のメンツを潰しかねないものと考えている可能性がある。中国のエリートにとって、ワシントンまで出掛けていって、逆に脅迫され、不利な条件を飲まされたとなれば、彼らのメンツが立たない。そうであれば、中国側の妥協はますます難しくなるだろう。
当初、劉鶴副首相は今回の協議で大筋合意に達すると期待していたかもしれない。そうであれば、中国側は合意内容を一言一句事前に調整して文書化し、次回の首脳会談では両首脳がサインするだけにしたいはずだ。2月末にベトナム・ハノイで行われた米朝首脳会談のような、米国大統領の途中退席 などあり得ないこと。トランプ氏のツイートで中国側が態度を硬化させた可能性は高い。
最後に重要なことは、トランプ政権内の意見の対立の有無である。一般には、政権内に対立があるとし、これに焦点を当てる識者が少なくない。1つは、ライトハイザーUSTR代表とムニューシン財務長官との間の意見の相違。もう1つは、ホワイトハウスに陣取る対中強硬派の補佐官らと、実務交渉を重視するUSTRおよび財務長官チームとの対立だ。補佐官とはもちろん、ピーター・ナバロ 氏と、国家安全保障担当のジョン・ボルトン氏 だ。だが、筆者はそうした見方にはくみしない。
トランプ政権に「良い警官と悪い警官」の分業はないのではないか。交渉スタイルの違いはあっても、彼らの間には、「中国政府は政策を根本的に変更すべきであり、もし変更しないのであれば、相応の罰を受けるべきだ」という点でコンセンサスがある。彼らの違いは安全保障を優先するか、米国経済および世界経済を優先するかの差でしかない。
前回(「米中貿易協議の膠着が意味するもの」)でも述べた通り、今回の米中貿易交渉も様々な経過を経たのち、いずれかの時点で何らかの妥協が成立するだろう。ただし、そうした米中合意はあくまで「一時的、限定的、表面的」、すなわち不十分なものでしかない可能性が高いことに変わりはない。トランプ氏のてこへの過信や中国人のメンツへのこだわりは、米中合意を一層不十分なものにするだけだろう。
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