中国に次ぐ新型コロナ危機の第2の震源地・欧州では、今なおウイルスの拡大が止まらない。そうした中でドイツが死亡率を低く抑えている背景には、同国のウイルス学の専門家たちが、未知のコロナウイルスによるパンデミックを想定したリスク分析を8年前に公表し、政府や議会に警鐘を鳴らしていた事実がある。

今回の新型コロナ危機では、ドイツの対応が世界の注目を集めている。ジョンズホプキンズ大学によると、ドイツの新型コロナウイルス感染者数は約14万5000人と、欧州で3番目に多い(4月20日時点)。だが同国の死亡率は3.2%と、フランス(12.8%)、イタリア(13.2%)、英国(13.3%)、スペイン(10.3%)などに比べて大幅に低い。
死亡率が低い理由は、同国の「パンデミック迎撃態勢」が他国に比べて整っていたことだ。たとえばドイツには今年3月初めの時点で、人工呼吸器付きの集中治療室(ICU)が2万5000床あった。これは欧州で最も多い。ドイツの人口10万人当たりのICUベッド数は29.2床で、イタリア(12.5床)やスペイン(9.7床)を大きく上回っている(日本集中治療学会によると、日本は5床)。シュパーン連邦保健大臣が4月17日の記者会見で明らかにしたところ、ドイツのICUベッド数は、約4万床に達している。
またドイツでは当初から1日5~6万件のPCR検査を行う態勢を持っていた。日本とは異なり、検査数を増やすことによって感染者と濃厚接触者を迅速に隔離する戦略だ。英オックスフォード大学が運営する統計ウェブサイト「データで見る我々の世界(OWID)」によると、ドイツのPCR検査の累積数は4月12日時点で約173万件と欧州で最も多い。イタリア(約131万件)、英国(約37万件)、フランス(約46万件)、日本(約17万件)に大きく水をあけている。
8年前に想定されていたパンデミック危機
ドイツでは、なぜパンデミックに対する備えが比較的整っていたのか。それは、ドイツ連邦政府とウイルス学者たちが、未知のコロナウイルスにより多数の死者が出る事態を8年前にすでに想定していたからだ。彼らは、最悪のシナリオがもたらす被害の想定を文書として公表し、地方自治体や医療界に準備を整えるよう要請していた。
この文書は、ドイツ政府の国立感染症研究機関であるロベルト・コッホ研究所(RKI)や、連邦防災局などが2012年12月10日に作成し、翌年1月3日に連邦議会に提出したもの。「2012年防災計画のためのリスク分析報告書」という題名が付けられている。
こうしたリスク分析は、連邦内務省が科学者など専門家に依頼して定期的に実施している。自然災害や無差別テロなどが起きた場合に、人命や社会のインフラなどにどれだけ被害が出るかを想定し、損害を最小限にするために事前に対策を取ることを目的としている。シナリオを作成する際には、様々な悪条件が重なって被害が大きくなる、最悪の事態(ワーストケース・シナリオ)が使われる。
イタリア、フランスなどの状況に酷似
連邦政府は同報告書の中で、ドイツに大きな被害をもたらす架空のシナリオとして、大規模な洪水と並んで、「変種SARS(重症急性呼吸器症候群)ウイルスによるパンデミック」を取り上げている。
私はこの文書を読んで、驚いた。8年前に想定されたシナリオとは思えないほど、現在のパンデミックの状況に似た部分があるからだ。もちろん、現在の事態と異なる部分は多い。特に今のドイツの状況は、このシナリオほど深刻ではない。
だがRKIの文書には、イタリアやフランス、スペインですでに現実化した状況を想起させる部分もある。「まるで、執筆者たちがタイムマシンで2020年の世界を訪れ、今イタリアやスペインで起きている惨状を観察して描写したのか」という錯覚を持つほど、現在の事態に似たシナリオを想定している。
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