8年前にコロナウイルスの危険について警告

 だがRKIが8年前に想定したシナリオの一部に、今日の状況と似た点があることは、否定できない。RKIが2012年の時点で、新たなコロナウイルスの襲来というシナリオに基づく最悪の事態を想定して文書を作成し、連邦政府が議会に提出したことは事実だ。RKIのシナリオの一部は、現在イタリアやスペイン、フランスで起きている感染爆発の状況に似ている。RKIが想定したように、これらの国々では、医療キャパシティーが重症者の増加に追い付かない事態が起きている。

 もう一つ注目すべき点は、RKIが8年前に新型コロナウイルスの危険を指摘したという事実だ。

 過去に起きたパンデミックは、1918年のスペイン風邪や2009年の豚インフルエンザを含め、全てインフルエンザウイルスによるものだった。コロナウイルスがパンデミックを起こしたことは、これまで一度もなかった。

 しかしRKIは、21世紀に入って2002年のSARSや、2012年6月以降サウジアラビアなどで流行したMERS(中東呼吸器症候群)などを分析して、今後はコロナウイルスがもたらす危険が高まると判断。このためRKIは、2012年のシナリオの中で「これまで一度もパンデミックを起こしたことがないコロナウイルスが、初めてパンデミックを起こす」というシナリオを使ったのだ。コロナウイルスによる初めてのパンデミックが起きるという想定は、今年に入って現実化した。

 ドイツ連邦政府は、こうした悲観的なシナリオとリスク分析に基づき、16の州政府の保健省に対して「パンデミック・プラン」を作成し、緊急事態へ向けた準備を整えるよう要請した。今年2月以降、各州政府は、準備していたパンデミック・プランを始動させ「戦闘態勢」に入った。人工呼吸器を持ったICUの数や、PCR検査のための体制が他の欧州諸国に比べて充実している裏には、こうした長期的な準備があったのだ。

 これらの的確な判断を可能にした背景には、ドイツ医学界が培ってきたウイルス研究の長い歴史と充実した研究体制もある。ドイツにはベルリンのRKI(1891年創立)だけではなく、ミュンヘン大学のマックス・フォン・ペッテンコーファー研究所(1865年創立)などあわせて28のウイルス研究所がある。19世紀のドイツは、ウイルス学の研究が世界で最も進んだ国の一つだった。日本の細菌学の父と言われる北里柴三郎は、19世紀にロベルト・コッホに師事している。

 ベルリン・シャリテ病院ウイルス研究所のクリスティアン・ドロステン所長は、2002年に香港・中国で発生したSARSウイルスの最初の特定者の1人であり、2003年にこのウイルスの検査キットを最初に開発して、世界中の研究機関に提供した。同氏は、メルケル政権の新型コロナウイルス対策に関するアドバイザーを一時務めた経験も持つ。フンボルト大学に属するシャリテ病院は、1710年にフリードリヒ1世が、当時猖獗を極めていたペスト患者を収容するために、ベルリン市の外に作った療養所が母体である。つまり欧州で頻発した疫病の歴史と深く関わりを持つ研究機関・医療施設なのだ。

ドイツ人の高いリスク意識を浮き彫り

  RKIは、議会に向けた報告書の中で悲観的なシナリオを公表することによって、「パンデミック対策を十分に整えないと、医療崩壊が起きて医師がトリアージュを迫られ、死亡率が10%を超える事態があり得る」という警告を発していたのかもしれない。

 ドイツ人は常に最悪の事態を想定し、災害が現実化した時のリスクや被害を最小限にするため多額のコストをかけて、努力を行う。2011年の福島原発事故直後に、メルケル政権が全ての原子力発電所を廃止する決定を行ったときもそうだった。

 ドイツ人たちは1万km離れた場所で起きた原子炉事故を見て、「技術水準が高い日本でも、これほど重大な事故が起きた。ドイツでも原子力エネルギーが抱える想定外のリスクを排除しながら、安全に運転することは難しい」と判断し、脱原子力へ向けてかじを切った。欧州の周辺国の人々がドイツ人について「悲観的」とか「心配症」と評する背景には、こうした性格もある。

 我々はまだウイルス拡大の初期段階にある。このため、今後パンデミックがどのように推移するかは分からない。RKIのヴィーラ―所長は、3月の記者会見で「イタリアのような事態がドイツで起こる可能性は否定できない」と語っている。しかし少なくとも本稿を執筆している4月20日の時点では、事前に整えていた備えによって、ドイツにおける死亡率は他の欧州諸国に比べて低く抑えられている。こうした準備の基礎には、ウイルス学の専門家たちの悲観的なシナリオとリスク分析があった。RKIが8年前に作成した文書は、市民の生命を守り、万一の際に医療崩壊を防ぐ上で、高いリスク意識と長期的な準備がいかに重要であるかを示している。

■変更履歴
公開後、いくつかの数字を最新のものに更新しました。 [2020/4/21 13:40:00]
■変更履歴
当初、「2010年の福島原発事故」としておりました。正しくは「2011年の福島原発事故」です。お詫びして訂正します。 [2020/2/23 13:55:00]

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