「人類が気づかないまま、ウイルスが欧州に侵入」
イタリアでは、今年1月中旬頃から、保健当局や医療関係者が気づかないまま、ウイルスの拡大が始まっていたと見られている。「ウイルスが欧州に侵入したことに政府が気づかないまま、感染者が増える」と想定したRKIのシナリオは、今年1~2月にかけてのイタリアの状況と似ている。
さらにRKIは、報告書の中で「パンデミックはアジア、欧州、北米を中心に拡大する」と想定。これは現在の状況にぴたりと合致する。2月にアジアで出現し、4月に欧州でパンデミックが始まるというRKIの想定も、現実とほぼ重なる(実際には新型コロナウイルスの流行は12月上旬にアジアで始まり、2月下旬から欧州で急激に拡大した)。
4月17日時点の現実と報告書が大きく異なる点は、感染者数と死者数だ。RKIのシナリオは、ドイツについては現在の状況よりもはるかに悲観的な事態を描いた。
RKIのシナリオは、「変種SARSウイルスに有効なワクチンが開発され、投与されるまでに3年かかる」と想定。RKIは、「その3年間に3つのピーク(波)がドイツを襲い、8000万人いるドイツ人口の97.5%に相当する7800万人がウイルスに感染する」というシナリオを描く。
ドイツの新型コロナウイルス感染者数は、4月20日で約14万人。最終的に、実際の感染者数がどれだけになるかは、まだわからない。
だがRKIが8年前に想定したシナリオは、必ずしも大げさとは言えない。RKIのロター・ヴィーラ―所長は今年3月29日の記者会見で、新型コロナウイルスについて「我々はまだ流行の初期段階にある。このパンデミックは2年間続くと考えており、ドイツの人口の60~70%が感染する可能性がある」という見方を打ち出している。この感染者数は、絶対数にすると、4800~5600万人である。
現在の死亡率をRKIのシナリオと比較することは不可能
RKIが8年前に作ったシナリオで目立つのは、死亡率の高さだ。感染者の10人に1人つまり750万人が死亡すると想定した。これは、2002~2003年に香港や中国で広まったSARSウイルスの死亡率(約9.6%)を参考にしたものと思われる。
現在のパンデミックが3年間続くと仮定し、WHOが終息宣言を出した時にドイツで何人が死亡しているかを予測するのは、困難だ。
ドイツの4月20日時点での死亡率は3.2%(死者数は約4600人)だが、これは今年1月に同国で最初の感染者が見つかってからわずか3カ月の時点での死亡率であり、RKIが想定する死亡率と比較することはできない。
また4月16日時点でのイタリア、フランス、スペイン、英国の死亡率はいずれも10%を超えており、RKIの8年前のシナリオと重なる部分がある。
だがこれらの国々の死亡率が、パンデミックが終息する時点では現在より低くなる可能性もあるので、「RKIのシナリオと合致する」と断定することは、まだできない。
またRKIの8年前の文書は、「1人の感染者が3人を感染させる」と想定しているが、4月17日の時点では、ドイツにおける新型コロナウイルスの感染率(再生産率と呼ばれる)は、0.7に下がっている。つまり1人の感染者がウイルスを伝播(でんぱ)させる人数が1を割っているのだ。RKIは、再生産率の低下を、3月23日に施行された外出・接触制限令が効果を表し始めた兆候と見ている。
さらにRKIのシナリオでは、「重症者数の増加が、治療キャパシティー(人工呼吸器、ICU、医師や看護師)を大幅に上回るために、どの患者を救うかについて医師が選別(トリアージュ)を行うことを余儀なくされる。治療を受けられない多くの患者が死亡する。さらに医療体制、介護体制が十分に機能しなくなるために、多くの要介護者が命を落とす」と想定している。だが、少なくとも4月20日の時点では、ドイツではそのような事態は起きていない。
ドイツでは現在の時点で、ICUのベッドが約1万床空いている。このためドイツはピンチに陥ったイタリア北部やフランス東部の病院から空軍の特別機やヘリで重症者約180人を搬送し、ドイツのICUで治療しているほどだ。
Powered by リゾーム?