「変種SARS」によるパンデミックを想定

 RKIがシナリオに使ったのは、2002年に香港、中国、カナダで広がったSARSウイルスに似た、架空のウイルス。研究者たちはこのウイルスを「変種SARS(Modi-SARS)」と呼び、「SARSを引き起こしたコロナウイルスとほとんど全ての面で共通の特徴を持つ」と想定している。

 SARSウイルスは正式にはSARS-Covと呼ばれ、2002年11月から2003年7月までに25カ国に広がり、8096人が感染して774人が死亡した。SARSの感染者数は比較的少なく、拡大も地理的に限定されていたため、パンデミックとは認定されなかった。

 RKIは、報告書の中で、架空の変種SARSが主に飛沫感染で拡大、1人の感染者がウイルスを3人に伝播(でんぱ)させる強い感染力を持つと想定。さらにRKIは、「ウイルスの潜伏期間はたいてい3~5日だが、14日間になることもある。症状は空ぜき、発熱で始まり、大半の患者が息苦しさや悪寒、筋肉痛、頭痛、食欲不振を訴える。レントゲン撮影を行うと、肺に異状が見られる。子どもや若者は軽症もしくは中程度の症状で済み、約1週間で治癒するが、65歳以上の患者はしばしば重篤な状態に陥り、3週間の入院が必要になる」と想定した。これは、現在世界中で広まっている新型コロナウイルスの症状と、ほぼ一致する。

「アジアで始まり、欧州と北米に拡大」

 RKIが描いたパンデミックのシナリオは、こうだ。「ある年の2月に東南アジアの国で、市場で売られていた野生動物にひそんでいたウイルスが人間に伝播(でんぱ)し、ヒトからヒトへの感染が始まる。あるドイツ人ビジネスマンがこの国で変種SARSウイルスに感染した後ドイツに帰国し、北ドイツの大都市で見本市に参加して、多くの市民と接触する。もう一人のドイツ人は中国に短期留学した後、ドイツ南部の町に戻って、大学での講義に参加する。この2人に接触した人々が次々に病に倒れ、ドイツの保健当局は4月に変種SARSウイルスによるものと断定する」

 RKIは、「変種SARSウイルスが発見され、世界保健機関(WHO)が正式に各国にウイルスについて通報するのは、ドイツで最初の患者が現れるわずか数週間前だった」と想定し、政府が気づかないまま、未知の病原体がドイツ社会で拡大するという、悪条件のシナリオを想定した。

 実際の新型コロナウイルスは、今年1月にまずドイツ・ミュンヘン郊外の自動車部品メーカーの社員の間で見つかった。中国からやってきた社員が、ウイルスに感染していることを知らないまま講習会で講師を務め、研修に参加したドイツ人社員の間にウイルスが広がった。この時ドイツ政府は、迅速に感染経路を特定することによって全ての感染者と濃厚接触者の隔離に成功し、現在では全員が治癒している。その後欧州では、新型コロナウイルスに関するニュースは大きく注目されなかった。各国の保健当局は、「コロナ危機はアジアの問題」と過小評価することになった。

 だが、この時欧州には、すでに別の地域にウイルスが侵入していた。欧州での感染爆発の震源地となったのは、イタリア北部のロンバルディア州である。ロンバルディア州では、2月中旬から感染者数が爆発的に増加した。現在ドイツで感染者数が増えているのは、2月の謝肉祭の休暇に多くのドイツ人がイタリアやオーストリアへ行って感染し、帰国したからだと推定されている。イタリアとオーストリアに近い南部のバイエルン州とバーデン・ヴュルテンベルク州で最も感染者数が多いのは、そのためだ。

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