韓国で4月15日、国会の総選挙が行われた。文在寅(ムン・ジェイン)大統領を支える与党陣営が180議席を獲得し大勝する結果となった。もう1つの注目点はポスト文在寅の行方。与野党それぞれの最有力候補による直接対決は、与党の李洛淵(イ・ナギョン)氏が制した。ポスト文在寅の地位を固めたい同氏は、対日政策で強硬姿勢を続けて韓国の国益実現を追求するとみられる。知日派だけに手ごわい相手となる。朝鮮半島研究の重鎮、武貞秀士・拓殖大学客員教授に聞いた。
(聞き手 森 永輔)
ポスト文在寅の直接対決を制した李洛淵氏(写真:ロイター/アフロ)
韓国で4月15日、国会の総選挙が行われ、文在寅(ムン・ジェイン)大統領を支える与党陣営が180議席を獲得しました(総議席数は300)。武貞さんはどこに注目していましたか。
武貞:大きく2つあります。1つは与野党の陣営がそれぞれどれだけの議席を獲得するか。もう1つはポスト文在寅の争いにどう影響するか、です。
武貞 秀士(たけさだ・ひでし)氏
拓殖大学大学院客員教授 専門は朝鮮半島の軍事・国際関係論。慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。韓国延世大学韓国語学堂卒業。防衛省防衛研究所に教官として36年間勤務。2011年、統括研究官を最後に防衛省退職。韓国延世大学国際学部教授を経て現職。著書に『韓国はどれほど日本が嫌いか』(PHP研究所)、『防衛庁教官の北朝鮮深層分析』(KKベストセラーズ)、『恐るべき戦略家・金正日』(PHP研究所)など。
第1の注目点である獲得議席は、革新系の与党陣営が総議席の5分の3を押さえるビックリの結果になりました。与党でさえ呆然(ぼうぜん)としています。
同じく革新系の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が政権に就いていた2004年の総選挙で、与党は過半数である152議席を獲得しました。ノ・ムヒョン後に2代続いた保守政権--李明博(イ・ミョンバク)政権と朴槿恵(パク・クネ)政権--は与野党の議席が伯仲する状態が続きました。前回の2016年の選挙では朴槿恵政権下で与党セヌリ党が惨敗して野党の「共に民主党」が多数を確保しました。
韓国の大統領は非常に強い権能を持っています。このため国民はチェック・アンド・バランスの観点から国会の選挙では野党に力を与える傾向があります。国会では与党が少数、野党が多数になる傾向があり、「与小野大」という言葉があるほどです。
野党は死んだ
韓国は2012年5月に制定された改正国会法、いわゆる「国会先進化法」を成立させました。総議席の5分の3(180議席)以上の賛成がないと法案は可決できない仕組みを導入しました。一党の独走を防ぐための措置です。ですが、今回の選挙で与党が180議席以上を獲得したわけで、どんな法律も強引に通すことが可能になります。検察の力を抑える改革など、これまで立法化が難しかった政策も思う存分進めることができます。できないのは、総議席の3分の2(200議席)の賛成を要する憲法改正だけです。与党が180議席以上を獲得するのは韓国が民主化して以降初めてのことになります。
与党陣営の大勝利によって、「野党は死んだ」と言っても差し支えないでしょう。抵抗するすべはほとんどありません。
一部には「国会の大混乱の始まり」と見る向きもあります。野党が委員長を獲得するであろう一部の委員会において、委員長の権限で議事を進行させない、採決をしない、という抵抗をする可能性があるからです。野党にとってこれが唯一の抵抗手段ですね。しかし、これができるのは一部の委員会に限られるでしょう。
日韓関係は争点から消えた
与党を大勝利に導いた要因はやはり新型コロナウイルス感染への対策ですか。
武貞:おっしゃるとおりです。1月前くらいまでは、文在寅政権の対日政策も争点の1つに上がっていました。日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を継続するか否かや、半導体の材料に関する輸出規制をめぐって日韓関係は非常に悪化しました。野党はこの点を批判していました。しかし、この問題は全く影を潜め、新型コロナウイルス感染対策だけが争点になりました。
そして、文在寅政権は成果を上げたのです。韓国における直近の感染者は1日当たり30件弱に収まっています。4月14日の日本の感染者は午後8時半時点で472人。大きな差があります。数字は何よりも説得力がありますよね。韓国が取った対策に対する諸外国からの評価も高く、韓国製検査キットに多くの注文が寄せられています。感染拡大を抑え込みつつあり、それが海外からも評価されている現状が、浮動層にも与党を選ばせたのでしょう。
韓国製の検査キットには110を超える国から注文が集まり、今年3月だけで通常の1年分の売り上げを計上したバイオテク企業もあるそうです(関連記事「新型コロナ危機、検査キット需要爆発に沸く韓国企業」)。
武貞:新型コロナウイルス感染対策が争点だったからこそ、投票率も66.2%と大きく伸びました。そして、投票所に足を運んだ人々が与党陣営に投票したわけです。
携帯電話の位置情報で感染者を追跡
文在寅政権が進めた感染対策の中で、具体的には何を有権者は評価したのでしょう。
武貞:1つは感染者の居所を追跡するシステムですね。政府は、携帯電話の位置情報を基に、感染者や要隔離者など監視対象者の居場所を把握しています。彼ら・彼女らが近づいてくると、それを知らせてくれるスマホ用アプリが国民の間に普及しています。さらに、監視対象者が指定された場所を離れると罰金を科されたり、逮捕されたりします。中国のように都市を封鎖することはしませんが、別の形で感染拡大を強い力で防いでいるのです。
海外から最近帰国した自主隔離中の人が、無断外出してサウナに行き、逮捕されたニュースを見ました。感染拡大を防止するためとはいえ、こうした強権的な手法が支持されるのは、ちょっと怖い気がします。
武貞:それは韓国と日本とでは政治土壌が異なるからだと思います。韓国は北朝鮮との対決状態がずっと続き、すぐ隣にスパイがいるかもしれない生活を経験してきました。このため、「安全のためには人権をある程度制限するのもやむを得ない」と考える人が保守系にも進歩系にも数多くいます。
軍事政権が長く続いたことの余波もあるでしょうか。
武貞:あるかもしれません。しかし、背景としては、それ以上に監視システムとしてのスマホの普及が大きいでしょう。
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