緊急事態宣言下の東京(写真:AP/アフロ)

 前回のこの欄で「米国は中国を、あらゆる分野における“戦略的競争相手”と見定めた。米国の体質からして、この基本認識が簡単に変わることはない」と書いた。

 経済摩擦であれば、日米の間にもあった。今、振り返れば信じられない話だが、1980年代から1990年代にかけて、日本経済が米国経済を追い越すことを本気で心配する人たちが米国にいたのだ。1979年のエズラ・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の出版に見られるように、日本をもてはやす風潮は確かにあった。日本も自信過剰となり、1989年には盛田昭夫・石原慎太郎の『「NO」と言える日本』が登場し、米国を刺激した。

 しかし、米国と中国の軋轢(あつれき)は経済の分野を遙か(はるか)に超える。米国社会の対中認識は2015年を境に180度転換し、厳しいものとなった。米国は、自国の覇権的地位に中国が挑戦し、米国とは全く異なる価値観、イデオロギーを掲げて世界を牛耳ろうとしていると判断した。つまり経済や軍事面での競争だけではなく、体制や統治システム間の優劣を決める競争に入ったと認識した。

 民主主義と全体主義ないし独裁制との競争であり、体制間の戦いが始まったと考えたのだ。米国の歴史に照らせば、ファシズム(全体主義)と戦ったのが第2次世界大戦であり、共産主義と戦ったのが米ソ冷戦であった。だから米中についても「新冷戦」という言葉が使われ始めた。

 中国も米国を刺激し過ぎた。40有余年にわたる空前の経済成長は、米国に迫る経済大国に中国を押し上げた 。軍事力も急速に増大し、米軍の西太平洋での作戦を難しくするまでになった。科学技術でも、次世代通信規格5Gに代表されるように米国を抜く分野が出てきた。習近平(シー・ジンピン)政権の登場とともに、中国は、これらの成果を「中国モデル」、すなわち「中国の特色ある社会主義」という体制の勝利だと喧伝(けんでん)し始めた。そして2050年までに米国を抜くと公言し、そのための計画を次々に打ち出した。

 この動きに米国は強く反応した。近づく中国の足音が耳に届き始めたこともあるだろう。ドナルド・トランプ大統領の登場により、米国社会の分断と、機能しない政党政治を見せつけられ、民主主義の制度そのものに対する自信が揺らぎ始めたこともあるだろう。そして何よりも、効率的かつ短期間に成果を出してくる「中国モデル」という統治システムそのものに脅威を感じ、自己の統治システムに対する自信が揺らぎ始めたこともあるだろう。それだからこそ、米国は全面的な反撃に出たのだ。挑戦されれば正面から戦った自信を取り戻す。米国とはそういう国なのだ。

続きを読む 2/3 新型コロナウイルス感染拡大が促す米国の対中強硬姿勢

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