「ドイツ製造業に戦後最悪の打撃を与える」
プーチン大統領の意図は何だろうか。ドイツの論壇では「ルーブルへの需要を増やすことで、ルーブルの為替レートの悪化に歯止めをかけることだろう」という見方が出ている。ウクライナ危機に伴う欧米の経済制裁の影響で、ルーブルの対ドルレートは急落していた。3月初めに1ドル154ルーブルだった交換レートは、ガス代金のルーブル決済義務が発表された後の3月24日には1ドル96ルーブルに回復した。
またドイツの論壇には「プーチン大統領は、ガス供給をいつでも停止できることを西側諸国に対して誇示し、恐怖を味わわせようとしたのではないか」という意見もある。ロシアがルーブル支払いの義務化を発表した直後にドイツの製造業界が示した反応は、実際のところパニックに近かった。
ドイツの大手化学メーカーBASFのマーティン・ブルーダーミュラー社長は、ドイツの日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)が3月31日に掲載したインタビューの中で「ドイツが輸入するガスの半分近くがロシア産だ。この供給が止まった場合、我が国では多くの企業が倒産し、第2次世界大戦後で最も深刻な打撃となる」と警告した。
「しかしロシアからのガスに依存し続けたら、プーチン大統領は他の国も侵略するかもしれない」と指摘した記者に対して、同社長は「ロシアからのガス供給が止まって、我々の目の前でドイツ経済が破壊されるのを見たいのですか?」と反問している。
化学業界・エネルギー業界の労働組合IG BCEのミヒャエル・バシリアディス委員長は、BASFの監査役会のメンバーでもある。同氏は3月28日、「ロシアが供給するガスの量が現在の半分以下に減れば、BASFの本社工場は通常の操業ができなくなる。約4万人の従業員が自宅待機になるか解雇される。ドイツ全体では数十万人の失業者が出る」と警告した。
ブルーダーミュラー社長やバシリアディス委員長の言葉には、ドイツの製造業界が抱く危機感の深さがはっきり表れている。
BASFがルートヴィヒスハーフェンに構える本社工場は、世界最大規模の化学コンビナート。この工場の操業が止まると、自動車業界、建設業界、製薬業界、繊維業界などが使う原材料や部品、半製品が不足し、サプライチェーン(供給網)が途切れてしまう。化学製品は社会のあらゆる場所で使われており、ドイツ経済は化学産業ぬきには成り立たない。
ドイツ化学工業会(VCI)のヴォルフガング・グローセ・エントルプ専務理事は「ガスの供給停止は、ドイツの製造業界のネットワークに破局的な崩壊をもたらす」と語った。
ドイツ経済研究所(IW)のミヒャエル・ヒューター所長も「ロシアによるガス供給の停止は、ドイツ経済全体をまひさせ、深刻な不況に陥れる。化学産業というドイツにとって最も重要な産業の1つが、この国から消えることにつながるかもしれない」と述べ、製造業界への打撃が甚大なものになると予想している。
ドイツの製造業界や学界から「ウクライナではロシア軍の攻撃で市民が次々に死亡し、故郷を追われている。戦争なのだから、我々は収益の悪化や失業者の増加を受け入れるべきだ」という声は聞こえてこない。
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