ウクライナとロシアの代表が停戦協議を進めている。朗報ではあるが、ウクライナは用心が必要だ。ロシアは狡猾(こうかつ)な国である。中立化については、米国の軍事力による保証を求めるべきだ。

 欧米諸国は、ロシアという核大国による侵略戦争を許した。これは今後の汚点となる。再度起こさないための核戦略をつくる必要がある。

ウクライナとロシアの代表団は3月29日、トルコの仲介で対面での協議に臨んだ(写真:Abaca/アフロ)
ウクライナとロシアの代表団は3月29日、トルコの仲介で対面での協議に臨んだ(写真:Abaca/アフロ)

 ウクライナとロシアの代表が3月29日、トルコのイスタンブールにおいて対面での停戦交渉に臨んだ。報道から、以下の3点が主要議題であったと推察される。(1)ウクライナの首都キーウ周辺におけるロシア軍の軍事活動の大幅縮小、(2)ウクライナの「中立化」、(3)クリミア半島の主権に関する今後15年間の協議。

 この停戦交渉を考察する前に心得ておくべきことがある。それは、いかなる停戦交渉であれ、合意事項を確実に実施しなければ実効があるものにならない、という現実だ。この前提に立って今回の停戦交渉をみると、残念ながら、実効があるものになるとの期待は持てない。

 ロシアは帝政ロシア以来、自国の思惑のみに基づいた独善的な行動を強行してきたからだ。例えば帝政ロシアは、1900年の北清事変(義和団の乱)の後、清国東北部からの撤兵を約束したものの実行しなかった。日米英などが強く支持したロシア・清国間の「満洲撤退条約」を無視して、同地域に実質的な統治体制を確立した。

 現在のウラジーミル・プーチン大統領が取る姿勢も「合意はすれども実行せず」「他国や国際社会の言うことに耳を貸さず」ということだ。今回のウクライナ侵攻はその典型と言える。これはブダペスト覚書を完全に無視した行為だ。ソ連崩壊後の1994年、ベラルーシ、カザフスタン、ウクライナの3カ国が核不拡散条約(NPT)に加入する際、ロシアは米国、英国ともに同覚書に同意し、これらの国に対する安全を保証すると約束していた。

ロシアがマリウポリの軍事行動に触れない理由

 ロシアは、今回の停戦交渉においても、その狡猾さをあらわにしている。1つは、キーウ周辺での軍事活動を大幅に低減すると言うものの、最大の激戦地マリウポリについては何ら言及せず、沈黙を守っていることだ。

 キーウについて、ロシアは既に主正面としては放棄したとしている。よって、極端な言い方になるが「もはや用済み」のキーウを対象に、「軍事活動の縮小」という一見したところ人道的で聞こえのよい提案をした。

 他方、マリウポリに言及しないことには、この地はどれだけのコストを払おうと、いかなる手段を使ってでも奪取する、という冷徹な狙いが隠されている。停戦目的の1つに「非戦闘員の無用の大量犠牲をこれ以上出さない」とある。この観点から見れば、マリウポリでの軍事活動縮小こそ最重要であるはずだ。

 さらに言えば、第3の主要議題である「クリミア半島の主権に関する15年間の協議」が合意されたとしても、ロシアはこの合意を骨抜きにしかねない。屁理屈(へりくつ)をこねながら実質的併合を続ける。それどころか、早ければ10年以内に同地域をロシア領に編入することさえ起こり得る。チェチェンでのロシアの対応は、まさにこの前例であった。15年交渉の提案に安易に乗れば、クリミア半島を永久に喪失する事態に直結することをウクライナは忘れてはならない。

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