
スキャンダルをめぐる罵倒合戦、政策論争そっちのけのパフォーマンス、「過去最悪」の選挙戦などと散々揶揄(やゆ)された韓国大統領選挙が、10日未明、ようやく決着した。結果は僅差で最大野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソクヨル)候補の勝利となった。朝鮮半島の専門家にとって今回ほど予測の難しい大統領選はなかったらしい。この選挙結果について既に様々な分析が行われている。
もちろん、大統領選は終わったばかりで、現時点で分析可能な情報は限られている。しかし、この潜在的に極めて重要な韓国「新大統領誕生」は、ウクライナ情勢とは別の意味で、インド太平洋地域の安定に大きな意味を持つに違いない。されば今回は、必ずしも朝鮮半島の専門家ではない筆者にも、尹錫悦新政権誕生に関し素人の勝手な分析と見立てを書くことをお許し願いたい。
トップニュースとならない大統領選挙
その第1として、今回の選挙を「勝者なき大統領選」と分析する。今回は事実上、与党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)候補と最大野党「国民の力」の尹錫悦候補の一騎打ちとなった。主要メディアが尹錫悦候補の「当確」を報じた後、李在明候補は潔く「敗北」を認めた。2年前の「敗北」を今も認めようとしない某同盟国の前大統領とは大違いではないか。この点は韓国民主主義の成熟を示すものと評価する。
それでは、尹錫悦候補が「勝者」なのかというと、必ずしもそうではなさそうだ。今回の選挙は得票差1%未満というまれに見る激戦であり、尹錫悦氏が「勝った」というよりも、李在明候補が「負けた」選挙ではなかったか。しかも、次期大統領率いる政党「国民の力」は韓国議会において「少数与党」だ。尹錫悦氏の政権運営には多くの政治的障害が待ち受けていると見るべきだろう。
それにしても残念なことは、海外メディアの韓国大統領選への注目がイマイチだったことだ。過去数週間、欧米主要紙が報じる国際ニュースの多くはウクライナ危機関連――欧州、ロシア、NATO(北大西洋条約機構)――であり、韓国大統領選を取り上げた記事はほとんどなかった。この傾向は日本メディアも同様だ。投開票日のニュース番組のトップが「韓国大統領選」ではなく、「チェルノブイリ原子力発電所での電源喪失」だったことには、少なからず驚いた。
米国は歓迎、中国は警戒?
第2は、大国の姿勢に関する見立てである--「歓迎する米国」と「警戒する中国」。筆者の関心は韓国の外交・安全保障政策の行方だ。投票日の3月9日、尹錫悦候補の外交・安全保障関連発言を改めて読み返してみた。正直な感想は、「久しぶりに韓国の政治指導者が私にも分かる言葉や表現を使ってしゃべっている」という安堵感だった。特に、米韓同盟の重視、中国よりも日本に配慮する姿勢などが見え隠れするのはうれしい誤算である。
当然、米国はこうした姿勢を歓迎するだろう。米国のインド太平洋戦略にとって最も重要な要素は日米韓3国間の安全保障協力であり、中でも米国は日韓連携を極めて重視してきた。これまで米バイデン政権は、陰に陽に、日韓関係改善を働きかけてきたようだが、必ずしも目立った成果は得られなかった。尹錫悦政権の誕生は日米韓連携強化に向けた動きを再加速するかもしれない。
これに対し、中国は保守系韓国大統領の誕生に警戒感を強めていくだろう。日米が主導する「自由で開かれたインド太平洋」構想に韓国が本格的に参画することは中国にとって悪夢だ。そうでなくても、最近の韓国における嫌中感情の高まりは顕著であり、中国にとって、米韓と日韓の間に楔(くさび)を打つ必要性が一層高まるはずだ。中国は今後、対韓関係の改善に向け戦略を立て直す必要が出てくるかもしれない。
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