
2019年、東南アジアの主要3カ国で国政選挙が行われる。まず、3月には長く軍政下にあったタイで総選挙が実施される。4月にはインドネシアで4年ぶりの総選挙が行われ、5月にはフィリピンで上院の半数と下院全議席を対象とする中間選挙が実施される。この原稿を執筆している2月末までのところ、いずれの選挙も、現与党勢力有利という見立てが大半となっている。
識者の間では、個別政党や候補者の勝敗に加え、各国の民主主義そのものの行方に関する議論も白熱している。軍政の続くタイについては、当然ながら民主化に向かうのか否かが議論されている。そのほか、インドネシアやフィリピンでも、西洋由来の民主主義とは相いれないイスラーム主義の台頭や、人権(さらには人命そのもの)を軽視するような麻薬対策や言論の自由を脅かすジャーナリストに対する弾圧など、今回の選挙とその国の民主主義の質を結び付ける議論が少なくない。
その背景には、首都と地方の社会経済格差、世俗国家か宗教国家かという国家構想の違いなど、容易に妥協点の見いだせない対立軸の存在や、高い支持率に支えられた政権に対して歯止めとなる組織や制度が不十分な現実がある。こうした点を考えれば、個別政治陣営の争い、いわゆる政局が、各国の民主主義の本質にかかわる論点となるのも理解できる。
タクシン政権でも軍事政権でも重用されるソムキット氏
他方、政策過程にまつわる政治は、政局の分析だけでは見えてこない。実際、タクシン政権と反タクシンの軍事政権の双方で副首相を務めたソムキット氏の存在にみられるように、政局だけでは到底理解できない閣僚人事がなされることがある。本稿では、一見異なる陣営に属するようにみえる2つの政権で重用されている人々に注目する。
過去20年間のうち、政権交代を経た後の新政権に再任された主要な閣僚はみな経済閣僚である。最も顕著なのは、タイのソムキット副首相だ。同氏は、米国ノースウェスタン大学ケロッグ経営学院で博士号を取得し、タイの名門チュラロンコーン大学の研究者としてキャリアを歩み始めた。その後は、ビジネスにもかかわりつつ、後に首相となるタクシン氏の側近として閣僚アドバイザーを務めた。1998年には同氏と共にタイ愛国党を結党し、タクシン政権発足後は、財務相や商務相を歴任した。
後に副首相となると、同政権の経済政策運営のかなめとなった。タクシン政権について、とかくポピュリスト的なバラマキが強調される傾向があるが、発足当初は、企業経営の論理を国家経営に導入する統治スタイルが注目されていた。このスタイルを作る際に参照されたのが、ソムキット氏の著作『タイ国家社会論』であった(詳細は、末廣昭「経済社会政策と予算制度改革―タックシン首相の『タイ王国の現代化計画』」による)。
ソムキット氏は、クーデターによりタクシン政権が崩壊した後の2007年、軍により経済政策を担当する委員に任命され、2014年に発足したプラユット政権では副首相として経済政策全般のかじ取りを担っている。ソムキット副首相の主導の下、タイは、一帯一路構想やTPP(環太平洋経済連携協定)など、国際的な経済協力の機会を最大限活用して経済運営を行っている。
Powered by リゾーム?