全5709文字
北朝鮮国営の朝鮮中央通信(KCNA)が公開した新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星15(Hwasong 15)」の写真(提供:KCNA/UPI/アフロ)

 北朝鮮の弾道ミサイルはどこから導入されたものなのか?それは、1973年10月に発生した第4次中東戦争がきっかけである。第4次中東戦争でエジプトとシリアを助けた北朝鮮にエジプトが贈呈したのが、ソ連製の弾道ミサイル「スカッドB(R-17E)」だった。

 弾道ミサイルの贈呈には、2020年2月25日に死去したホスニ・ムバラク元エジプト大統領が大きく関わっていたと考えられている。北朝鮮の弾道ミサイル開発は、このR-17Eから始まった。大陸間弾道ミサイルである火星15型の開発なども、元はここから始まったのである。

 第4次中東戦争は、イスラエル側ではヨム・キプール(贖罪日)戦争、アラブ側では10月戦争と呼ばれている。エジプトとシリアを中心とするアラブ諸国がイスラエルに先制攻撃を仕掛けたことで始まった。1948年のイスラエル建国宣言以来、断続的に発生したイスラエルとアラブ諸国の戦争で、イスラエルが初めて敗北感を味わったものであった。

 筆者が拙著『北朝鮮ではなぜ軍事クーデターが起きないのか?』(潮書房光人新社、2013年)で論じたように、北朝鮮の朝鮮人民軍空軍がこの第4次中東戦争に参戦した。北朝鮮は、第2次国共内戦やベトナム戦争、イラン・イラク戦争、アンゴラ内戦など数多くの国々に秘密裏に派兵してきた。そのベールが徐々に剥がされつつある。

金日成が自ら語った第4次中東戦争への参戦

 第4次中東戦争への参戦は、最初の最高指導者であった金日成(キム・イルソン)が健在であったときから北朝鮮が公式文献で対外的に明らかにしていた珍しいケースであった。1983年4月4日にエジプトのムバラク大統領が北朝鮮を訪問したとき、金日成は歓迎の宴の席で「1973年10月戦争のときには我が国の飛行士が直接エジプトの兄弟とともに一つの戦線で肩を並べて戦いました」と語った。

 英語圏は少し事情が異なる。第4次中東戦争でエジプト軍を参謀総長として指揮したサアドッディーン・シャーズィリーが、北朝鮮軍の第4次中東戦争への参戦について、1980年に出版した回顧録(英語版)で語っている。よって、以前から一部では知られていたのであろう。

 この回顧録には1979年に発行されたアラブ語版も存在する。英語版はアラブ語版の抄訳であって、北朝鮮の部分がかなり削られている。ただし、アラブ語版はエジプトで発禁処分を受けたため、長い間、閲覧不可能であった。

 「アラブの春」によって再版されたアラブ語版の、北朝鮮に関わる部分を翻訳して日本語で紹介したのが、東京大学の池内恵教授である(宮本悟解説、池内恵資料解題・翻訳「北朝鮮の弾道ミサイル開発の起源─シャーズィリー・エジプト軍参謀総長の回顧録から」『東亜』553号、2013年7月)。シャーズィリー自身は、ムバラク大統領が2011年2月11日に退陣する前日に死去した。