
米中貿易協議の行方が世界的に大きな関心を集めるなかで、トランプ政権と欧州との関係に緊張が走っている。昨年来、ドナルド・トランプ米大統領がNATO(北大西洋条約機構)諸国への防衛コミットメントを渋り、NATO諸国、とりわけドイツに対し、防衛費の増大と対米貿易赤字の縮減を求めてきており、米欧同盟関係に亀裂が入り始めた。
この緊張関係が表面化したのが、2月のミュンヘン安全保障会議だった。マイク・ペンス米副大統領の目前でアンゲラ・メルケル独首相が珍しく熱を込めて演説し、そのなかで、米国のシリアからの撤兵を批判。さらに 中距離核戦力廃棄条約(INF)からの離脱を「欧州とドイツにとりひどく悪いニュースだ」と非難し、一国主義ではなく、国際協調の重要性を訴えた。
メルケル首相はこの対米批判のスピーチのなかで、ドイツ車についての関税問題についても熱を込めて反論している。いわく「ドイツ車が米国の安全保障上のリスクだ、などということは、まったく理解できないことだ。ドイツ車の多くは米国で生産されている。米国の安全保障上のリスクとされるなら、とてもショックなことだ」
米中貿易協議に関心が向かうなかで、米商務省は2月17日、自動車や部品の輸入が安全保障上のリスクか否かについての報告書を大統領に提出した。その内容は明らかにされていないが、「安全保障上のリスクあり」との内容だ、との報道がある。メルケル首相の指摘もそうした報道を踏まえてのものであろう。
自動車関税の是非を90日以内にトランプ大統領が決定をするとされ、その間に米・EU(欧州連合)貿易交渉が行われることになる。まさか、その交渉が決裂し、トランプ大統領が自動車輸入について20%の関税を課すことはないだろう、というのが常識的な見方である。これには米国のビジネス界や議会も反対を表明してきている。
自動車への関税――「ない」と思いたいが……
しかし、何をするかわからないのがトランプ大統領だ。米中協議や米朝協議の展開を見ても、結局のところはトランプ大統領の判断にかかっており、その際には「個人的関係」が決定的に重要な役割を果たす。習近平国家主席との「絆の強さ」や金正恩委員長との「良好な関係」が、国家、いや世界の安全保障の行方を左右する世界である。
そうしたなかで心配なのがメルケル首相との関係の悪さだ。経済的合理性などとはまったく異なる理由から、ドイツ車輸入に関税をかけよう、と言いかねない。さすがに、そんなことはないだろう、と思いたいが、日本車も直撃する問題であり、警戒して見守る必要がある。日本も賢く態度を表明する必要があるだろう。
元外務省事務次官、立命館大学客員教授、グローバル寺子屋「薮中塾」主宰

1948年大阪府生まれ。1969年、外務省に入省。北米局第2課長時代に日米構造協議を担当。アジア大洋州局長として6カ国協議の日本代表を務め、北朝鮮の核や拉致問題をめぐる交渉に臨んだ。2008年、外務事務次官に就任。2010年に退任し、現在に至る。
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