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 2000年代に入って、北朝鮮がベトナム戦争に参戦したことを両国が認めるようになって、関係回復が進んでいることがうかがえた。2000年3月26日には、ベトナムを訪問していた北朝鮮の外務大臣である白南淳(ペク・ナムスン)が、ベトナムにある朝鮮人民軍将兵の墓地を訪問した。2001年からベトナム政府も、北朝鮮のベトナム戦争参戦を認めるようになった。2001年7月6日に朝鮮中央放送は、北朝鮮の軍隊がベトナム戦争に参戦した事実を報道した。また最高人民会議常任委員会委員長である金永南(キム・ヨンナム)も、2001年7月12日にベトナムにある朝鮮人民軍将兵の墓地を訪問した。こうして朝鮮人民軍将兵の遺体は2002年に北朝鮮に移送されることになった。

 その後、北朝鮮とベトナムの関係はおおむね良好である。2007年にノン・ドゥック・マインがベトナムの最高指導者として50年ぶりに北朝鮮を訪問したことは、北朝鮮とベトナムの関係が回復したことを象徴していた。

 そのために、ベトナムは、北朝鮮と諸外国が会談する重要な場所の一つになってきた。日本もベトナムで北朝鮮と協議をすることがしばしばあった。

 ただし、北朝鮮とベトナムの関係が問題になることもあった。2016年に国連安保理制裁委員会専門家パネルが、北朝鮮に対する制裁にベトナムが違反したことを報告した。ベトナムの警察学校が2012年から北朝鮮のトレーナーによる軍事関連のトレーニングをしていたのである。

 2017年2月13日に北朝鮮人が首謀者になってマレーシアで金正男(キム・ジョンナム、金正恩の異母兄)を殺害した事件において、ベトナム人女性が実行犯として捕まったことで、北朝鮮とベトナムの関係は一時冷却化した。しかし、2018年11月29日から12月1日に北朝鮮の外務大臣である李容浩(リ・ヨンホ)がベトナムを訪問するなど、最近になって両国の関係回復は始まっていたのである。しかも、李容浩は、金日成のベトナム訪問60周年記念に合わせて、ベトナムを訪問した。

 その意味で、米朝首脳会談の開催地がベトナムになったことは決して偶然ではない。米国も、北朝鮮との会談場所としてのベトナムの重要性に以前から気が付いていたであろう。

 ただし、ベトナムはあくまで中立的な立場で会談場所を提供できるだけである。米朝首脳会談の成果にまで、ベトナムに影響力があるはずがない。そして、ベトナムにとって重要なのは、おそらく北朝鮮ではなく、米国との関係である。ベトナムにとって米朝首脳会談は、ベトナムの重要性を米国に再認識させるための重要な一つのイベントになろう。

■変更履歴
「北越両国の複雑な関係」とあるのは「朝越両国の複雑な関係」の誤りです。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2019/02/24 7:00]