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地方政府は全人代の開催を最優先

 それから17年が経過した19年12月、新型コロナウイルスによる肺炎が湖北省武漢市で発生した。対応は後手に回った。同ウイルスの感染力がSARSよりさらに強かったこともあり、感染者数も死者数もSARSを上回る重大な事態となってしまった。政権移行期ではなく、政権充実期において、この事態を招いてしまったのだ。

 客観的に見て、習近平政権はSARSの時よりも素早く対応している。しかし抑え込めなかった。春節の大移動期と重なり、最大の汚染地域である武漢市から500万人の流出があったことがひびき、感染は中国全土と世界に広がっていった。やはり、ウイルスが拡散する前の初動において、汚染地域を徹底して封鎖することが不可欠であった。ここに中国の持つ弱点が見えてくる。

 この17年間で、中国の経済規模は名目で10倍近くとなり、科学技術の進歩にも著しいものがある。中国の感染症に対する知見と態勢は格段に進歩していたはずである。だが基層レベルでの対応は昔のままであった。具体的対応も上からの指示を待った。現場が積極的に動いた形跡はない。感染情報は上に上げただけであり、情報開示は上からの指示を待った。「疫情を正確に把握し、事実を定期的に社会に公表せよ。報告を遅らせたり虚偽の報告をしたりしてはならない」というSARSのときの経験は生かされなかった。

 現場の指導者にとり政治的に最も重要なのは、3月上旬の全人代(全国人民代表大会、日本の国会に相当)が順調に開催されるように協力することであり、各地方の人民代表大会を時間表通りに終えることだった。武漢市は1月6~10日に、また湖北省は同12~17日に人民代表大会を“成功裏に”開催した。宣伝部門にとり新型肺炎のニュースは小さく扱う必要があったのだ。しかし、その間も新型肺炎は急速に広がっていった。

「民主」より「集中」を重視しすぎたツケ

 このプライオリティーの取り違えこそが、党・政府と国民との関係に重大な亀裂を生じさせた。大多数の国民の利害、特に生命に関わる問題について、党・政府の対応が間違っていると判断すれば、国民は強く反応する。“忖度(そんたく)”はすっ飛ぶ。今回、国民は本当に怒った。とりわけ、実情を国民に伝えようとした医者をめぐるニュースほど、国民の怒りを買ったものはない。同氏は処分され、その後、新型肺炎で死亡した。当局は、この医者の死に哀悼の意をささげ、遺族に弔意を表するしかなかった。

 この問題は、党・政府に対する国民の信頼の問題に直結する。胡錦濤・温家宝政権は、国民の中に飛び込み、国民との一体感を強め、その後の10年で名目6倍弱の経済成長を実現することで、国民の信頼をどうにかつなぎ留めた。習近平政権は、国民の中に飛び込むことをまだためらっている。経済成長にも陰りが見える。党・政府と国民との関係が変わり始めたのかもしれないのだ。

 この初動の間違いは、中国共産党のシステム上の問題を浮かび上がらせる。

 共産党の重要な組織原理に「民主と集中」がある。民主的に意思決定をし、集中された権力で決定を実施する、というものだ。習近平政権となり、権力の集中と管理・監督が強調され、その分、民主的な意思決定が軽視される傾向がある。

 中国の実情に照らせば、「上に政策あれば下に対策あり」で、党の決定を末端にしっかりと実施させるためには強い権力と管理・監督が必要になる。強大な権力を使ってルールを細かく定め厳重に取り締まることで、ルール通りに動く“清廉な”官僚機構も出来上がる。それが中国式の「法治」であり、習近平政権の狙いなのだ。

 しかし民主的な意思決定のシステムとプロセスを軽視したことのツケも大きい。下の方が自分で考えるのをやめてしまい、すべて上からの指示待ちとなったからだ。今回の新型肺炎のような場合には、下の積極的な協力なしに上が全貌を把握し適切な指示を出すことは難しい。そもそも箸の上げ下ろしまで指示しなければ動かないような組織は欠陥品以外の何物でもない。ある程度、現場が自分で判断し、自分の責任で早めに動くことが必要となる。その“現場力”がさらに弱まっていたのだ。