
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、2023年2月に行った演説で、ロシアは単にウクライナと戦っているだけではなく、ドイツをはじめとする西側陣営と戦争しているという点を強調した。戦争の長期化を示唆するものであり、停戦・平和交渉への道のりは遠い。
プーチン大統領は2月2日、ロシア南部の都市ボルゴグラードで、意味深長な演説を行った。
この日、ボルゴグラードでは、独ソ戦の最中の1943年に、同市をめぐる攻防戦で、当時のソ連軍がナチス・ドイツ軍を破ったことを記念する式典が行われた。
当時スターリングラードと呼ばれたこの町をめぐる戦いは、第2次世界大戦で最も激しい戦闘の1つだった。アドルフ・ヒトラーがこの工業都市の攻略にこだわった理由の1つは、「スターリンの町」という名前がついていたからだ。
だがヒトラーの第6軍は、冬将軍の訪れとともにソ連軍の大反攻に遭い、逆に包囲された。ドイツ兵たちは、廃虚と化した町で袋のネズミとなった。約15万人のドイツ軍将兵が戦死、または飢餓や病気、寒さで死亡。約11万人が捕虜とされシベリアの収容所へ送られた(そのうち、戦後ドイツに帰ることができたのは約6000人にすぎない)。
これはヒトラーにとって、独ソ戦を開始してから最初の敗北だった。ドイツ軍が得意とした戦車の密集陣による破竹の進撃は、ここスターリングラードで潰(つい)えた。ソ連軍も約50万人の戦死者を出した。スターリングラードの戦いは、第2次世界大戦でソ連が反攻作戦を始め、45年にベルリンを陥落させるきっかけを作った重要な転換点だった。
戦後にソビエト共産党の書記長になるニキータ・フルシチョフもスターリングラードで政治委員として戦った。同氏がソ連の最高指導者の座に上り詰めることができた背景には、この激戦地で兵士たちを鼓舞し、戦いを勝利に導いた功績がある。
つまりスターリングラードという地名は、ソ連がドイツを打ち破った場所として、ロシア人にとって極めて重要な意味を持つ。このためロシア政府は毎年2月2日に限って、この町の名前をスターリングラードに改称し、記念式典を開いて町の大通りで軍事パレードを挙行する。
プーチン大統領は、この激戦地で死亡した兵士、市民を追悼する式典で「我々はいま再び、新しい顔を持つナチズムのイデオロギーによって脅かされている。我々はまたもや、ウクライナでヒトラーの後継者たちの攻撃を受けている」と発言した。同大統領は、ウクライナ侵攻を「ナチスとの戦い」として正当化した。
「我々は再びドイツ戦車に脅かされている」
プーチン大統領はこの場で初めて、レオパルド2A6型戦闘戦車14両をウクライナに供与するドイツの決定を公式に批判した。オラフ・ショルツ独首相は1月25日、ドイツによる供与だけでなく,レオパルド2を保有する欧州諸国がこの戦闘戦車をウクライナに送ることも承認した。プーチン大統領は「信じがたいことだが、我々は再びドイツ戦車の脅威を受けている。しかもその戦車は、側面に十字のマークを付けている」と述べ、ロシアが再びドイツに脅かされていると強調した。
第2次世界大戦中にナチス・ドイツ軍が使った戦車には、黒の十字に白の縁(ふち)を付けたマーク(バルケンクロイツ=棒十字)が描かれていた。一方、今日のドイツ連邦軍もレオパルドやゲパルト対空戦車、マルダー装甲歩兵戦闘車などの側面に黒十字を描いている。
ドイツ連邦軍が現在、国章として使っている黒十字(タッツェンクロイツと呼ばれる)は先端が末広がりになっており、ナチス・ドイツの戦車に付けられた国章と同一ではない。しかしプーチン大統領が言うように、「十字のマーク」であることには変わりない。またウクライナ軍の一部の戦車部隊は、ロシア軍の戦車と区別できるように、自軍の戦車の側面に白い十字章を描いている。第2次世界大戦のごく初期にナチス・ドイツ軍は、白の十字を戦車に描いていた時期がある。
ウクライナ戦争を独ソ戦と重ね合わせる
なぜプーチン大統領は、この演説でドイツ戦車に言及したのだろうか。ロシア人にとって、ソ連が約2700万人という多大な犠牲者を出しながらもナチス・ドイツを打ち破った事実は、市民たちを結びつける社会的つながりとなっている。ロシア人のアイデンティティーの源の1つと言ってもおかしくない。この国ではいまも独ソ戦のことを大祖国戦争と呼ぶ。
当時、ソ連の独裁者だったヨシフ・スターリンに対して一部のロシア市民が好意的な感情を抱くのはそのためだ。ボルゴグラードでは今年、ナチス・ドイツ軍壊滅80周年を記念してスターリンの胸像を設置し、除幕式を執り行った。つまりプーチン大統領は、ウクライナでの戦争を第2次世界大戦でのナチスとの戦争に重ね合わせることによって、ウクライナ侵攻に対するロシア国民の支持を強固にしようとしているのだ。
プーチン大統領は2022年2月24日に侵攻を開始して以来、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー政権をネオナチと呼び、同国を非ナチ化して武装解除することが戦争の目的だと説明していた。最近は、「ウクライナは悪魔に支配されている。同国を非悪魔化することが必要だ」という表現も使っている。
Powered by リゾーム?