アイオワ州で4位、ニューハンプシャーで5位に甘んじたバイデン前副大統領。頼みの黒人票が多いサウスカロライナ州で再起を図る(写真:ロイター/アフロ)
2月3日に行われた米民主党のアイオワ州党員集会では、インディアナ州サウスベンドで市長を務めたピート・ブティジェッジが、左派の上院議員バーニー・サンダースに勝利した。得票率は26.2%対26.1%。11日のニューハンプシャー州予備選挙では逆に、サンダースがブティジェッジを1.3%の僅差で破った。
新星の登場と左バネの強さに注目が集まるが、米大統領選はまだ序盤戦、現時点で各州の勝者・次点の得票率や獲得代議員数の詳細を論じてみてもほとんど意味はない。これが過去44年間、米大統領選を見てきた筆者の経験則だ。
しかし、それでは身もふたもないので、今回は2020年2月13日現在の筆者の見立てを書くことにする。大統領選挙の予測について、実は今から12年前の08年2月13日、ある有力政治家に請われて、数ページの個人的メモを作成した。当時も、具体的な候補者名にはあまり言及せず、11月の本選投票日までの9カ月間に注目すベき「経験則」を7つ箇条書きにした。まずはそのメモの一部をご紹介する。12年もたったから、もう時効としてよいだろう。
【1】ワシントン政治産業の空騒ぎ
大統領選挙の関係者(メディア>民主党>共和党>一般国民)の間には温度差がある。メディアがいかに騒ごうと、多くの無党派層が投票の意思を決定するのは大統領選挙直前の9月以降となる。
【2】失敗した大統領の後は反対党に投票する
典型例は1976年のカーター(前任のニクソンがウォーターゲート事件で退陣した後)、80年のレーガン、92年のクリントン。
【3】分裂した政党は敗れる
典型例は76年、92年の共和党。80年、88年の民主党(例外は2000年の共和党)。
【4】最重要関心事は常に経済、福祉
外交は票にならない。ただし、イラクでの状況悪化、米国内大規模テロ、候補者暗殺があれば状況は急変。
【5】世代交代が進む民主党
民主党支持層にはクリントン・マシン(編集部注:ビル・クリントン氏が打ち立て、ヒラリーが引き継いだ集金力)への反発がある一方、オバマ陣営の若さ、理想主義的外交政策に関心が高い。
【6】保守合同が崩れる共和党
ネオコンの退潮。エヴァンジェリカル(宗教保守)票はどこへ行くのか。
【7】モメンタムのスピードが速まる
ジュリアーニの失敗。インターネットの利用と素人の参入。
経験則から見た2020年選挙の現状
以上は当時、筆者が作成したメモをほぼ原文のまま掲載した。読者の皆さんはどう思われるだろうか。2008年、米国の有権者はイラク戦争で泥沼にはまった共和党政権を見限り、民主党アフリカ系でワシントン経験のほとんどない新星オバマの理想主義に米国の将来を託した。求心力を失った共和党は分裂し、世代交代が進んだ民主党は一致団結した。16年のトランプ勝利はその反作用だと考えればよい。
それでは過去44年間で培った筆者の経験則は今も有効だろうか。ここではあえて、12年前と同じ7カ条に基づき筆者の見立てを書こう。
【1】ワシントン政治産業の空騒ぎ
今アイオワとニューハンプシャーの結果で騒いでいるのはメディアと政治産業だけだ。規模が小さくマイノリティーも少ない両州は、申し訳ないが、決して「重要」とは言えない。
両州が緒戦となるのには米国の内政上の事情がある。候補者選びが全米をまたにかけたビッグイベントである以上、これら小州にも出番を与える必要があるのだろう。もっとも、今回の修正トラブルという不手際でアイオワが「全米最初の党員集会」の名誉を失う可能性はあるが……。
今、重要なのは勝者・次点が誰かではなく、敗者、特に誰が脱落するかだ。各党の大統領候補者選びは党員集会、予備選挙ごとに椅子の数が減っていく「大人の椅子取りゲーム」。その意味で気になるのはジョー・バイデン前副大統領だ。少数派、特にアフリカ系とラティーノ系の支持が強いバイデンは22日に予定されるネバダ州、29日のサウスカロライナ州に起死回生をかけるだろう。ここで勝てなければ、笑うのはバイデンを最も恐れるトランプとなる。
【2】失敗した大統領の後は反対党に投票する
トランプが成功したとは思えないので、本来であれば民主党に票が集まる、はずだ。しかし、トランプ候補は4年前の選挙でも、総得票数でヒラリー候補に280万票も負けている。トランプ氏の「失敗」を失敗と思わない岩盤の支持層は今も健在どころか、「隠れトランプ支持者」が顕在化する可能性すらある。2020年にこの経験則は通用しないかもしれない。
【3】分裂した政党は敗れる
米国には50の民主党と50の共和党がある。各州にそれぞれ独立した民主党と共和党があり、これら100の政党が4年に1度「マジンガーZ」のように「合体ロボ合戦」をやるのが米国の大統領選挙だ。2020年、良くも悪くも、共和党ロボは既に合体している。問題は民主党ロボの合体状況だ。これまで合体に失敗した政党は例外なく敗れている。今年、問われるのは誰が民主党を団結させることができるかだろう。
【4】最重要関心事は常に経済、福祉
伝統的に外交は票にならない。今年、その例外は中国とイランかもしれない。トランプは、両国をたたくことで彼の岩盤支持層にアピールできるからだ。逆に、北朝鮮は日本人が期待するほど大統領選挙で大きな争点にはならない。古今東西、有権者の関心事は自分の、家族の、友人の、そしてコミュニティーの生活であり、選挙の主要争点はいつも経済的収入、医療、年金、犯罪などである。
【5】世代交代が進む民主党
20年も民主党では世代交代がカギになるのではないか。問題は、民主党に40~50代の中道系白人男性政治家で、大統領選に出馬可能な有力政治家が見当たらないことだ。筆者が尊敬するある友人は「彼らのほとんどは4年前、ヒラリーに潰されたのではないか」と言っていた。当たらずといえども遠からずだろう。今や、世代交代が最も必要なのは民主党の側である。
【6】保守合同が崩れる共和党
12年前に筆者が書いた「ネオコンの退潮。エヴァンジェリカル(宗教保守)票はどこへ行くのか」の答えがトランプ現象だ。されば、仮にトランプがいなくなっても、共和党内の不健全で醜い「ダークサイド」が残る可能性は高い。これが共和党だけでなく、米国政治全体の劣化を助長することだけは間違いない。レーガン時代は「反ソ連」で保守合同が実現した。今やその役割を果たせるのは「反中国」だけであるが……。
【7】モメンタムのスピードが速まる
大統領が大統領令をツイートする時代が来た。政治のスピードは12年前よりさらに加速した。トランプが得意とするSNS(交流サイト)戦術を打ち破る新しいデジタル戦略を民主党は生み出せるだろうか。アイオワ州党員集会の集計作業の実態を知れば知るほど、民主党には難しそうだ、と言わざるを得ない。我々も、米大統領選の観客として、このスピードに付いていく必要がある。年は取りたくないものだ。
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