アントも滴滴出行も“放免”し、企業の投資を促す

 23年に目を転じると、中国経済の回復は元宵節後の2月6日の週から始まると考えます。

 中でも飲食、旅行、レジャー産業は勢いを得るでしょう。サービス産業が回復すれば、雇用状況が改善します。雇用が改善すれば所得が回復して消費を押し上げる。加えて、地方政府が消費促進策を繰り出しています。商品購買券の配布など日本の「GO TO トラベルキャンペーン」のようなものが各地で始まっている。

 こうした流れは消費者のみならず企業経営者のマインドも好転させます。加えて、最近の政府の動きがこの好転を支えています。

政府はどのような動きをしているのですか。

瀬口氏:22年末に、アント・グループ傘下の消費者金融会社の増資を認めました。ちなみに、この消費者金融会社の株主に、車載電池世界最大手の寧徳時代新能源科技(CATL)などが加わります。

 中国配車サービス大手の滴滴出行(ディディ)にも1月16日、新規ユーザー登録の再開を許可しました。同社は21年6月に米ニューヨーク証券取引所に上場したのを機に、サイバーセキュリティー審査弁法に基づく審査の対象となり、新規ユーザー登録を止められていました。

 いずれも、民間企業経営者が安心して投資を拡大できる環境を整えるための措置です。政府は22年12月に中央経済工作会議の報告書を発表し、経済の安定確保、市場の自信回復などを基本方針に掲げました。これらを実現するための施策としては住宅・自動車購入支援などによる消費の拡大、国家重大プロジェクトへの民間企業の参入促進による投資拡大などの政策運営方針を提示。これを実行する動きの一環です。

新型コロナ禍収束後も残る4つの経済下押し要因

 ただし、明るい材料ばかりではありません。最大の懸念はやはり不動産市場の停滞長期化です。まだ発表になっていませんが、販売面積は1月も前年同月比で大幅なマイナスになったもようです。価格が下がる可能性が高い物件を誰も買おうとは思いません。この状況は、不動産開発会社を経営破綻に追い込み、それに資金を供給している地方の中小金融機関の不良債権を膨らませる。誰も買わない不動産を開発しても売れないので、不動産開発によって税収不足を補填してきた地方政府は恒常的な財源不足に陥ります。

 第2として、三重苦に陥る3級、4級の都市が目につき始めました。都市化の減速です。(1)稼げる産業がないため、(2)人口が流出する、それゆえ(3)不動産需要が伸びず、物件の価格がさらに下落する――。こうした地方都市は、財政基盤を自力で維持することができないため、中央政府からの持続的な財政補填がなければ、病院、学校、道路建設などの最低限の公共サービスさえ提供できなくなる事態に陥ると考えられます。

 第3の要因は米欧諸国を中心とする世界景気の後退がもたらす輸出の伸び悩みです。米国向けと欧州向けの輸出は既に22年10~12月、大きく落ち込みました。先行きは米欧でインフレが高止まりし、金利の引き上げが続く可能性が高く、輸出の不振は当分続くと考えられます。

 第4は深刻な米中摩擦です。米政府は22年10月、先端半導体を対象とする対中輸出規制を大幅に強化しました。これは、中国の半導体調達に大きなダメージを与えています。加えて影響が大きいのは、中国に与える心理的なダメージです。中国政府は先の中央経済工作会議で「経済の安定」を最優先の目標に据えました。米国との摩擦激化は企業経営者のマインドを悪化させ、この目標の実現を妨げかねないと中国政府は不安視しています。米国との関係がさらに悪化し続ければ、米国企業の誘致も難しくなるでしょう。

 このため同政府は、半導体規制について米国に直接報復することなく、WTO(世界貿易機関)への提訴に対応をとどめています。米中関係悪化の火種の1つだった戦狼外交についても12月以降、過激な発言を繰り返してきた外交部報道官を異動させて融和方向に転換しました。

 米国の中国専門家は、以前から、中国が対米関係を改善したければ、最低限、次の3つを実行する必要があると指摘していました。(1)ゼロコロナ政策の解除、(2)戦狼外交の停止、(3)新疆ウイグル自治区における人権問題の改善――。(1)は既に実行しました。(2)も融和方向に転換しつつあります。手つかずなのは(3)です。

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