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 米国が2月1日に中距離核戦力廃棄条約(INF条約)からの離脱をロシアに通告した。この発表は、80年代に作られた欧州の安全保障に関する枠組みが崩され、東西間の緊張が高まりつつあることの表れだ。欧州の地政学的リスクの高まりは、ドイツの核武装に関する議論が2018年夏以来、起きていることにも表れている。

INF廃棄条約の署名に臨むソ連(当時)トップのゴルバチョフ氏と米国のレーガン大統領(当時)。同条約はその役割を終えたのか(写真:AP/アフロ)

中距離核はロシアに脅迫手段を与える

 米ソが1987年に調印したINF条約は、射程500~5500kmの地上発射型の核弾頭付きミサイルの保有を禁じている。米国はすでに2014年、つまりオバマ政権の時代に「ロシアは射程2500kmの地上発射型巡航ミサイル・9M729(西側のコードネームはSSC-8)の実験を行った」と発表し、INF条約違反の可能性を指摘していた。国防総省は「ロシアは2018年に9M729ミサイルを、ウラル山脈に近いエカテリンブルクや南部のヴォルゴグラード近郊に配備した」と主張する。

 これに対しロシア側は「9M729ミサイルの射程は480kmであり、INF条約には違反していない」と反論している。さらにロシア国防省は「米国がルーマニアに設置した迎撃ミサイルの発射施設『イージス・アショア』はソフトウエアや配線を変更すれば、トマホーク型巡航ミサイル(射程2500km)を発射できる。これはINF条約に違反する」と主張している。

 通常は米国に対して批判的なドイツやフランスなど西欧諸国も、今回は珍しくトランプ政権の判断を支持している。北大西洋条約機構(NATO)加盟諸国の政府は、米国の諜報機関が入手した情報を基に「ロシア側が条約に違反した」と判断している模様だ。

 NATOは、ロシアが2014年にクリミア半島を強制併合し、ウクライナ内戦に介入し始めて以来、同国が対外戦略を変更し、攻撃的な性格を大幅に強めたと見ている。特に脅威にさらされているのが、冷戦時代にソ連に編入されていたバルト3国だ。これらの国々では、ロシアが国境付近で大規模な軍事演習を繰り返していることから、不安感を強めている。このためNATOは、バルト3国に小規模の戦闘部隊を配備している。バルト3国への脅威については、2017年7月に「迫るロシアの脅威、バルト3国の悲劇再来を防げ」で詳細にご報告した。

 中距離核ミサイルの配備はロシアにどのような利点を与えるのか。仮にロシアがバルト3国に侵攻した場合、NATOはポーランド経由で増援部隊を送ることになる。この時、ロシアはNATO加盟国に対し「バルト3国に増援部隊を送ったら、中距離核ミサイルでベルリンやパリを攻撃する」と脅迫することができる。ドイツやフランスは「バルト3国のために、首都への核攻撃を許容するべきか否か」という苦渋の判断を迫られることになる。つまり中距離核ミサイルは、NATOの動きを封じる重要な抑止力なのだ。