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改革のカギ握る劉鶴副首相

 習近平政権はこれらの構造改革を進める強力な体制を2018年末までに整えた。キーパーソンは劉鶴副首相だ。同氏をトップに昨年、金融安定発展委員会を組織した。この委員会の下に中国人民銀行、銀行保険監督管理委員会、証券監督管理委員会が入り、緊密に連携して動き出した。

 劉鶴氏は、習近平総書記の下、これまでも共産党の中央財経指導小組弁公室主任として改革を推進してきていた。昨年3月 の全国人民代表大会(全人代、中国の国会に相当)で副首相に任命され、改革を実行する国務院にもポジションを得た。国務院に対する党の指導強化の中心的な役割を担い、金融リスク防止のための地方財政改革、金融改革、国有企業改革など、主要な経済構造改革を断行する重責を担う。

トランプ大統領はほどほどで妥協する?!

 ここまでお読みいただいた読者が気にしているのは、米中貿易摩擦の今後の展開だろう。

 米国のトップがドナルド・トランプ大統領なので、交渉の行方を読むのは難しい。「何とも言えない」というのが筆者の本音だ。しかし、あえて言うならば、3月1日に訪れる最初の節目では、ほどほどのところで双方が妥協するのではないかと期待している。

 トランプ政権は、高い要求を掲げ続けはしないだろう。そう考える理由は昨秋に行われた中間選挙にある。与党・共和党は上院選で53に議席を伸ばし、トランプ大統領が2020年に再選する確率が中間選挙前に比べて高まったとされている。この有利な状況を固めるためには経済を順調に成長させることが欠かせない。中国との摩擦をいつまでも続けていては、足元の米国経済への悪影響が広がりかねない。米ゼネラル・モーターズ が北米で操業する5工場の生産休止を決めたのは、この兆しの一つだ。

TPP加入までにらんだ、したたかな改革提案

 中国側も対米協調路線を固めている。先ほど触れた構造改革を進めることが最優先事項だからだ。ここで改革を先送りすれば、将来直面する負の影響が甚大なものになるのはほぼ確実である。そして構造改革に集中するためには、対外関係を安定させる必要がある。

 中国が譲歩するとすれば、米国に次に挙げる改革を提案するだろう。①技術移転の強要をやめる、②知的財産権の保護を強化する制度を導入する、③外資企業の活動を規制する場合は事前に意見を聴取する、④国有企業に対する優遇策を是正する。

 習近平政権はしたたかだ。実はこれらの政策は自ら進めたいものでもある。米国からの外圧を利用して国内の反対派を抑え、実現する意図とみられる。

 さらに言えば、中国はTPP(環太平洋経済連携協定)への加盟を念頭に置き始めている可能性がある。これらの改革を実現すれば、TPP加盟のハードルがぐっと下がる。中国は2001年にWTO(世界貿易機関)に加盟することで自由貿易体制の恩恵を大きく受け、経済を急速かつ巨大に成長させた。TPPに加盟し、グローバル市場への円滑なアクセスを確保することで引き続き自由貿易体制の大きな恩恵を享受し続けることを目指したいはずだ。

 ただし、譲れない一線は守り続ける。「中国製造2025」と「一帯一路」の継続に関しては決して退かないだろう。

 もちろん、3月1日をにらんだ交渉では、米中ともに無傷ではすまないだろう。中国は、いくつかの分野で関税率の引き上げを迫られるにちがいない。それでも、許容できる範囲に収まるのではないか。

日本企業には追い風

 中国経済が2019年に6.2~6.3%の成長を維持するなら、日本企業にとっては追い風が続くことになる。中国中間層の急速な拡大持続を背景とする高品質製品へのニーズ急増とあいまって、日本製品に対する需要の増大が続く。例えば、日本車、高品質素材、高級化粧品、健康関連食品などが代表例だ。

 日中関係が正常な状態に復したことから、医薬品や介護サービスなど中国政府の許認可が必要なビジネスも参入・拡大のチャンスが広がるだろう。日本への旅行も好調が続く。中国の中間層にとって日本はますます人気の旅行スポットだ。

(まとめ:森 永輔)

瀬口 清之(せぐち・きよゆき)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
(写真:丸毛透)

1982年、東京大学経済学部を卒業、日本銀行に入行。2004年、米国ランド研究所に派遣(International Visiting Fellow)。2006年に日銀北京事務所長、2008年に国際局企画役。2009年からキヤノングローバル戦略研究所研究主幹。2010年、アジアブリッジを設立して代表取締役に就任。2018年から国連UNOPS中国・アジア太平洋スマートヘルスプロジェクト・シニアアドバイザー

■変更履歴
劉鶴氏が副首相に任命されたのは「党大会」ではなく「全国人民代表大会」の誤りです。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2019/02/08 9:50]