トランプ氏が発表した中東和平案に反発するパレスチナの人々(写真:ロイター/アフロ)
「我々は中東に新しい夜明けをもたらすことができる」。米国のドナルド・トランプ大統領は1月28日、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相とともにホワイトハウスで、パレスチナ問題に関する提案書を発表した。「平和から繁栄へ」と命名されたこの文書は181ページに及ぶ。
トランプ政権は、「世紀のディール」と自賛するこの文書の中で、パレスチナ自治政府がハマスなどのイスラム原理主義組織と絶縁しこれらの組織の武装解除を行うことを条件に、「パレスチナ国家」をイスラエルから切り離すと初めて提案した。トランプ大統領はいわゆる2国家解決案(Two State Solution)を初めて正式に提案し、パレスチナのイスラエルからの切り離しをネタニヤフ首相に認めさせたのだ。この点は、確かに画期的である。
だが提案の詳細を読むと、その内容はイスラエルにとって大幅に有利で、パレスチナ人たちにとって不利な点が多いことが歴然としている。
結論から言えば、この提案をパレスチナ自治政府が受け入れる可能性はほぼゼロに等しい。イスラエルが得る物に比べて、パレスチナの失う物があまりにも多すぎるからだ。トランプ大統領の娘婿でユダヤ人のジャレッド・クシュナー上級顧問が中心となって作成したこの提案は、イスラエルが作った提案かと見まがうほど同国に肩入れしている。
「エルサレム全域をイスラエルの物に」
例えばトランプ大統領は「エルサレム全体がイスラエルの首都だ」というネタニヤフ政権の主張を全面的に追認し、この町を分割せずに、全域をイスラエルだけの首都にすべきだとしている。
その一方でトランプ政権は、パレスチナの「首都」として、エルサレム市から東に約4キロの所にあるアブ・ディスという町(人口約1万人)など3カ所を提案した。トランプ大統領は会見でこれらの町を「東エルサレム」と呼んでいるが、これは事実に即していない。アブ・ディスなどはエルサレムを囲むコンクリートの防壁の外にあり、エルサレムの一部ではないからだ。
パレスチナ自治政府にとって、イスラム教の聖地を含むエルサレムをあきらめることは100%不可能である。同政府のマフムード・アッバス議長は、「これは世紀のディールではなく、世紀の痛撃だ。世界中の人々は、我々パレスチナ人にも生きる権利があることを認めてほしい」と述べ、トランプ提案を拒否した。
ユダヤ人入植地の併合を容認
もう一つ重要なことは、トランプ大統領がヨルダン川西岸にイスラエルのユダヤ人が自主的に建設した入植地を、イスラエル領土として承認すると提案している点だ。トランプ政権は、ヨルダン川西岸地区の約30%をイスラエルの領土、残りをパレスチナ領土とすることを提案した。トランプ大統領は「パレスチナ人の支配地域の面積は、現在の2倍になる」と強調している。
だがこの提案は、国際法の観点から重大な問題を含んでいる。イスラエルは1967年の六日間戦争(第3次中東戦争)で電撃作戦を実施し、ヨルダン川西岸地区、「嘆きの壁」などを含むエルサレム東部とゴラン高原を占領した。ヨルダン川西岸とエルサレム東部は、1948年の第1次中東戦争以来、ヨルダンが管理していた。国連の安全保障理事会はイスラエルの領土拡張を非難。1967年11月22日に採択した決議第242号で、イスラエルに対して占領した地域から撤退するよう要求した。
ヨルダン川西岸地区には、ユダヤ人の入植者たちが過去53年間に132の入植地を建設している。ここには約41万人のユダヤ人が住んでいる。またエルサレム東部には約21万人のユダヤ人が住む。国際法の観点から見ると、これらのユダヤ人たちは、ヨルダンが管理していた土地を不法占拠していることになる。入植者たちは、既成事実を作り上げるためにこれらの土地に住宅地や学校などを建設している。
パレスチナ人の移動は厳しく制限
ヨルダン川西岸地区にはイスラエル軍の前進拠点が設けられており、兵士たちが常に警戒している。さらにイスラエルとパレスチナ人居住区を隔てる壁やイスラエル軍の無数の検問所があるため、パレスチナ人たちの移動の自由は厳しく制限されている。テルアビブとエルサレムを結ぶ高速道路を走ると、ベルリンの壁を思わせる防壁が至る所に造られているのが目に入る。監視塔を持つイスラエル軍の拠点は、鉄条網や、車の突破を防ぐためのコンクリートの障害物で守られている。
国連や欧州諸国は、イスラエルのユダヤ人による入植地の建設を「国際法に違反する行為」として批判してきた。一方、ネタニヤフ政権は、これらの入植地を「イスラエル領土として併合する」という希望を繰り返し表明してきた。トランプ政権はイスラエル側の主張を認め、提案書の中で「イスラエルは、同国のヨルダン川西岸地区などからの撤退を求める国連決議第242号に法的に拘束されているとは考えない」と断定している。
つまりトランプ提案はイスラエル政府の希望を全面的に受け入れ、入植地をイスラエル領土として「合法化」しようとしている。1967年にヨルダン川西岸地区を武力によって手中に収めたイスラエルにとっては、「違法状態」が解消されることになる。ネタニヤフ首相が、トランプ提案について「これは1948年のイスラエル建国に匹敵する素晴らしい内容だ」と称賛したのは、そのためだ。
パレスチナは名ばかりの寸断国家に
イスラエルはテロを防ぐという名目で、今後も壁や検問所を維持すると予想される。したがってパレスチナ人の移動の自由は将来も制限されたままとなり、「国家」は名ばかりのものになる。
つまりトランプ構想によると、新しいパレスチナは、内部にイスラエル領土を抱えて、ずたずたに寸断された国家として誕生する。トランプ政権が発表した地図を見ると、新しいパレスチナはまるで散弾銃で撃たれて多数の穴を開けられた人体のように見える。
これまでパレスチナ自治政府は、ヨルダン川西岸地区とエルサレム東部の全域をパレスチナ国家とし、入植地などに住む約62万人のユダヤ人をイスラエル本土に強制的に移住させることを求めてきた。
したがってパレスチナ自治政府にとって、イスラエルが国際法に違反して占領しユダヤ人が建設した入植地を、同国の領土として承認することは不可能である。もしアッバス大統領がそのような要求を認めたら、パレスチナの民衆は自治政府に対して蜂起するに違いない。
アラブの同盟国からも称賛の声は上がらず
トランプ政権は、この提案が米国寄りのアラブ諸国から称賛されることを期待していた。だが米国の友好国サウジアラビアは、トランプ政権が提案書を公表する式典にワシントン駐在の大使を出席させなかった。同国のサルマン・ビン・アブドルアジーズ・アール・サウード国王はトランプ提案についてコメントすることを避け、「我々はパレスチナ人の権利を守るために努力する」と述べるにとどめた。同国の外務大臣も、米国政府がパレスチナ問題を解決するために努力していることには感謝しながらも、「パレスチナ人の権利は守られなくてはならない」と釘(くぎ)を刺している。
サルマン国王は、なぜトランプ提案について、支持の姿勢も、批判も明らかにしなかったのだろうか。
1960年代、70年代に比べると、アラブ諸国にとってパレスチナ問題の重要性は大幅に低下している。パレスチナ解放機構(PLO)の影響力は過去に比べて弱まった。サウジアラビアや湾岸諸国にとって今最大の脅威はイスラエルではなく、イランだ。サウジアラビアなどは、イランの脅威に対抗すべく、イスラエルとの関係を改善する動きさえ見せている。
しかしサウジアラビアや湾岸諸国は、トランプ提案がパレスチナ人にとっていかに過酷な内容であるかを直ちに理解し、失望したはずだ。パレスチナ人を支援してきた過去の経緯があるため、彼らを完全に見捨てることはできない。サルマン国王がトランプ提案に直接言及するのを避けて、パレスチナ人への支援を約束するコメントを出したのは、そのためである。
一方トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領は、「イスラム教徒の聖地であるエルサレムをイスラエルに渡そうとする提案は絶対に受け入れられない。この提案は領土の併合計画であり、死産に終わった」と厳しく批判している。またイランのジャワド・ザリフ外務大臣も「この和平提案は、破産している不動産業者にとっては夢のプロジェクトかもしれないが、世界と中東諸国にとっては悪夢だ」と酷評した。
欧州からは「国際法違反」という批判も
欧州諸国からもトランプ提案に対して懐疑的な反応が多い。ドイツのハイコ・マース外務大臣は「提案を他のEU加盟国とともに精査する必要があるが、この内容は多くの疑問を投げかける。その疑問とは、パレスチナ人が十分に提案の策定過程に参加しているかどうか、そしてこの提案が国際法の基準を満たしているかどうかだ」と述べた。またフランス外務省も、「パレスチナ問題に関する提案は、国際法に沿ったものでなくてはならない」という声明を発表している。
EU諸国はこれまで、イスラエルのユダヤ人による入植地建設を批判してきた。そう考えると、国際法を無視して建設された入植地をイスラエルの領土として認めるべきだというトランプ提案は、欧州諸国にとってもとても支持できるものではない。
ドイツ連邦議会・外交委員会のノルベルト・レットゲン委員長(キリスト教民主同盟)は、「この提案は国際法に違反する内容を含んでいる。イスラエルとパレスチナ人の紛争を解決する基礎にはなり得ず、むしろ問題を増やす。トランプ大統領は、これらの要求をのむようにパレスチナ人に対して最後通牒(つうちょう)を突き付けているかのようだ」と厳しく批判している。
米国は中立的な仲介者としての立場を放棄
「平和から繁栄へ」はパレスチナ側に大きな譲歩を迫るものだ。パレスチナ人たちはこの提案の作成過程から排除されてきた。トランプ大統領はホワイトハウスで提案書を発表する際にもパレスチナ人の代表を招かなかった。トランプ大統領には、イスラエルとパレスチナの間の中立的な仲介者となる意向は、ほとんどなかった。彼の路線は、100%イスラエル寄りだと言っても過言ではない。その態度は、トランプ大統領の就任以来、はっきりしていた。
その典型的な例が、米国大使館の移転だ。トランプ大統領は2017年末にエルサレムをイスラエルの首都として承認すると発表した。これは同国の歴代の政権が「中東情勢をさらに混乱させる」として、タブーとしてきた措置である。トランプ大統領はこの禁忌をあっけなく破り、ネタニヤフ首相を喜ばせた。
さらに米国政府は2018年に大使館をテルアビブからエルサレムへ移した。この移転はパレスチナ自治政府を激怒させ、それ以来パレスチナ側は、安全保障に関する問題を除いて、トランプ政権との接触を一切断ってしまった。この措置に対して欧州政府からも批判の声が上がったが、トランプ大統領は馬耳東風だった。彼はイスラエルのタカ派の間では、絶大な人気を誇る。
さらにトランプ政権は、多くの市民が貧困に苦しむヨルダン川西岸地区やガザ地区への人道支援も切り詰めた。米国は2016年、国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)に3億6800万ドル(約405億円)を拠出しており、単独の国として最大の支援国だった。だが同政権は、18年にはUNRWAへの資金拠出額を大幅に減らし、19年には完全に停止した。米国の援助停止は、パレスチナ人たちの生活に悪影響を及ぼす可能性がある。
最大の動機は選挙対策
トランプ大統領がここまで露骨にイスラエルに肩入れする理由は、今年11月に行われる大統領選挙だ。
米国にはエバンジェリカルズ(福音派)と呼ばれるキリスト教の保守的な一派がある。その数は約8000万人にのぼり、トランプ大統領の重要な支持層となっている。福音派の中には、イスラエルを支援することが、神の意向に沿うと考える人が多い。「クリスチャンのシオニスト」とも呼ばれる彼らは、イスラエル人がヨルダン川西岸地区に入植地を築くことを強く支援している。福音派グループの指導者の1人であるマイク・エバンス氏は、イスラエルの日刊紙とのインタビューで、「今回の提案書は、ヨルダン川西岸地区にある、聖書に記載されている聖地をイスラエルの手の中にとどめるものであり、我々は全面的に支持する」と語っている。
さらにエバンス氏は「イスラエルにとって、トランプ大統領のような逸材はめったに現れない。今年の大統領選挙で、我々福音派は100%トランプ大統領を選ぶ」と答えている。福音派の間には、「トランプ大統領はイスラエルを救うために神によって選ばれた」と発言する人すらいる。
こうした米国内の反応を見ると、今回発表された「和平提案」は、トランプ大統領の選挙対策の一環という性格を強く持っていることが分かる。「中東政策の私物化」とも言うべき事態である。1978年に米国が仲介したイスラエルとエジプトの間の「キャンプ・デービッド合意」や、1993年に米国で調印されたイスラエルとパレスチナの間の「オスロ合意」に比べると、今回の提案は隔世の感がある。歴代政権のような、紛争地域に平和をもたらそうという強い意志が感じられず、米国がリーダー国としての器量を失って小粒になったという印象を与える。
さらに今年3月の総選挙で再選を目指すネタニヤフ首相にとっても、米国の提案書は援護射撃となる。ネタニヤフ首相は、検察庁による汚職捜査のために苦境に立っている。2度にわたる選挙で、連立政権を作ることに失敗したネタニヤフ首相は、ヨルダン川西岸地区やゴラン高原のユダヤ人入植地を正式に併合することで、国内の保守勢力からの得票を増やすことを狙っているのだ。
トランプ政権はイスラエル政府とパレスチナ自治政府に対し、4年間をかけてこの提案内容について協議するよう勧告している。イスラエルは、4年間にわたり入植地の新規建設を停止しなくてはならない。だがパレスチナ自治政府は、この提案をすでに拒否している。このため米国とイスラエルは、「せっかく我々が準備した和平提案を拒否したのは、パレスチナ側だ」として、相手に責任をなすりつけようとするだろう。
これまでパレスチナ自治政府はイスラエル及び米国と安全保障に関する協力関係は維持していた。しかしパレスチナ自治政府は2月1日に、トランプ提案に抗議して、この安全保障関連の協力も含めて一切の関係を絶つ方針を明らかにした。
4年間の交渉期間が経過した後は、イスラエルが一方的に入植地の併合に踏み切る可能性が高い。この場合、ハマスやイスラム聖戦機構は、入植地に対するテロ攻撃を実施するかもしれない。
トランプ政権が鳴り物入りで打ち出した「和平提案」は、イスラエルとパレスチナの関係を改善させるどころか、この地域をさらに不安定化させる可能性が高い。当分の間、両者の対立は続くだろう。
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