また、同首相はイスラエルの命綱である米国との「特別な関係」を危険にさらすことになった、との評価もあります。米・イスラエルの特別な関係の基礎は「バイバーティザン(民主・共和両党)」の支持を取り付けていることにある、と言われます。米国において共和党が政権を獲得しようと、民主党が政権に就こうと、イスラエルへの支援が揺らぐことはない、という安定です。
これに対して、ネタニヤフ首相は共和党政権との関係を重要視しすぎたと危惧する人たちがイスラエルで増えてきました。ネタニヤフ首相はオバマ大統領と険悪な関係になり、反オバマで当選したトランプ大統領とは一蓮托生のようになりました。この状態は米国が民主党政権になったら敵視される、冷遇されるリスクを生む。こう考える人たちは「トランプ大統領が次の選挙で負けたらどうするのだ」との懸念を抱いています。
米民主党はこの和平案に乗り気ではないでしょう。理由は大きく2つあります。1つは、これまでの米政権が継承してきた、国際法を尊重した形での中東和平の推進という路線をトランプ大統領が大きく踏み外しているから。つまり、国際法上認められてこなかったイスラエルによる現状変更を、ほぼ全て追認してしまった。もう1つはトランプ大統領に対する反発です。ただし、反ユダヤ主義と見られたくないので、イスラエルに有利な和平案に不用意におおっぴらに反対することは避ける傾向が強いですが。政権を取ったらもっとバランスのとれた案で交渉をやり直すでしょう。
つまり、ネタニヤフ首相は外交巧者であることを謳ってきたけれども、結局、10年にわたる首相任期の間にイスラエルをめぐる外交・安全保障の環境は悪化した――サウジの抱き込みに失敗し、長期的には対米関係を危険に晒し、イランとの対立も激化させた――との評価がイスラエル国内に広がりつつあります。
主権制限の見返りに500億ドル
今回の和平案に対して、パレスチナは今後どのような対応を取るでしょう。パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長は「聖地エルサレムは売り物ではない。トランプ政権が提案したディールが実現することはない」として、和平案を一蹴しました。
池内:「受け入れない」と言う以外、何もできないでしょう。パレスチナ自治区が完全に封鎖された現状は変わらない。今のまま、イスラエル軍・治安機構に封じ込められながら生きていく。
イスラエルは今回の和平案によって、同国による現状変更が「正当化された」と主張するでしょう。そして、パレスチナは「正当ではない」と反論する。この正当性をめぐる議論が続いていく。
和平案が影響をもたらすとすれば、このパレスチナ自治政府による拒否を、米国とイスラエルが都合よく使う場合でしょう。「我々が和平案を提案したのに、パレスチナがそれを潰した」として、和平が進まない責任をパレスチナになすりつける。それを今後さらに現状変更を継続する根拠に用いる。
ヨルダン川西岸での、イスラエルによる入植活動が続くということですか。
池内:時間がたつにつれ、進んでいくでしょう。
トランプ大統領は「(イスラエルとパレスチナの)双方にとってウィンウィンの内容だ」と強調しましたが、とてもパレスチナが受け入れられる内容ではないですね。
池内:パレスチナにとって得になるとされるのは、和平案を受け入れる見返りとして約束される経済的な開発です。今回の和平案のタイトルも「Peace to Prosperity(平和から繁栄へ)」と銘打っています。要するに、領土とか国境の管理権とかいった主権の根本の多くを譲り渡してでも和平をすれば、経済発展して豊かになれますよ、と呼びかけているのです。
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