アラブの盟主を自任するサウジがこの和平案を支持すれば、アラブの同胞であるパレスチナを裏切ることにもなる。
池内:ええ、そのためサウジは表向き、支持することができないのです。裏切り者扱いはされたくないですから。
米国は、パレスチナが受け入れなくても、「サウジというアラブの大国が受け入れた」というかたちを作りたかったのだと思います。しかし、実現できなかった。このため、トランプ大統領はイスラエルとだけ話をつける単独行動に進んだのです。
今回の和平案を肯定的に評価するようなアラブ諸国の反応がありました。例えばエジプト。同国外務省が「(イスラエルとパレスチナは)米国案を吟味し、協議を再開すべきだ」と促しました。サウジ以外のアラブ諸国が、パレスチナの説得に動く可能性はありますか。
池内:それはないと思います。ただし、同時に、強く反対する気もないと思います。今回の和平案は現状を追認するだけの内容ですから賛成もしにくいが、かといって積極的に反対もしない。どの国もパレスチナの現状を変えることがいかに難しいかよく理解しています。
ここまでの話をまとめると、サウジを中心とするアラブ諸国の同意を得る可能性がなくなった、そしてアラブから強い反対が起きないと明らかになったことから、トランプ大統領は今のタイミングを選んだと言えます。
アラブ諸国の反応が鈍い一方で、トルコは旗幟(きし)を鮮明にしたように見えます。「2国家共存の解決策を抹殺しパレスチナの土地を奪うことを目的としている」と強く反発しました。トルコは米国の同盟国ですが、最近、米国と対立するロシアやイランとの距離を縮めています(関連記事「トルコとサウジは米ロを天秤(てんびん)、イランが20%濃縮ならイスラエル動く」参照)。今回示したパレスチナ擁護の姿勢も、この変化の一環でしょうか。
池内:それはないと思います。エルドアン政権は以前からパレスチナを擁護する方針を取ってきました。それを続けているだけでしょう。強い言葉を発することはあっても、実効性のある措置を取ることはないと考えます。
それでも止まらないイスラエル首相の影響力低下
このタイミングを選んだ理由のもう1つは、米国とイスラエルのそれぞれの国内理由、つまり選挙です。米国は11月に大統領選挙を迎えます。トランプ大統領はイスラエルとの関係を重視するキリスト教右派の支持を固めるべく、イスラエルの意向に沿ったこの和平案をそれまでにどこかの段階で発表しておきたかった。
他方、イスラエルも3月に議会の総選挙が控えています。2019年4月からの1年の間で、実に3回目の議会選挙です。ネタニヤフ首相が率いるリクードは、19年4月の選挙で第1党となったものの、連立協議がまとまらず政権を樹立することができませんでした。19年9月に行われた2回目の選挙では第1党の座を失うことになりました。今年3月に行われる選挙でネタニヤフ陣営を後押しするためには、このタイミングで今回の和平案を発表する必要がありました。ネタニヤフ政権とトランプ政権およびトランプ一家は強い協力関係を築いてきました。
今回の和平案は、トランプ大統領の得票率向上に寄与するでしょうか。
池内:当然、強いアピール力があると思います。
イスラエルの選挙への影響度はどうですか。
池内:これは分からないところですが、私は大きな影響はないと見ています。今回の和平案は実効性を伴うものではないからです。ネタニヤフ首相はイスラエル国内では退陣間際で最後のあがきをしていると見られています。実現することのない和平「案」だけで流れを変えることはできないでしょう。もしサウジを抱き込んで、パレスチナ側にこの案をのませていれば、ネタニヤフ首相の外交成果になったでしょうが、そうではなく、トランプ大統領に影響力があることを見せられただけですから。
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