加えて、和平案は独立国家の建設をパレスチナに認めるとしているものの、独立国家が持つ主権は大いに制限されたものになります。例えば、独立国家パレスチナは軍隊を持つことができません。防衛はイスラエル軍が担う。国境もイスラエルが管理します。イスラエルとパレスチナの国境だけでなく、パレスチナとヨルダンの国境もイスラエルが管理する。空軍もないのでイスラエルが上空も完全に管理する。パレスチナと外部との間の、ヒトの行き来もモノの流れも、全てイスラエルがコントロールする。

 つまりパレスチナは独立国家となっても、イスラエルの軍と治安部隊によって完全に封鎖された状態が続くのです。これは現在そのような状態なのですが、この和平案だと、独立国家になっても状態はほとんど変わらない。ヨルダン川西岸が占領下に置かれているが故の「一時的」なものとされてきた現行の封鎖措置が正当化され、さらに恒久化される。

 こうした一連の条件は、冒頭に申し上げたように「イスラエルの要求をほぼすべてのんだ」ものであると同時に、1967年の戦争以来続く、イスラエルによる占領の下で行われた、入植による現状変更を追認し、正当化するものと言えます。

サウジにパレスチナを説得させる

ドナルド・トランプ米大統領はなぜこのタイミングでこのような内容の案を発表したのでしょう。

池内:大きく2つあると思います。第1は、アラブの主要国から積極的な賛同を得るのが難しいことが明らかになったから。トランプ大統領は和平案について、就任直後から「すぐにも出す」と発言していました。それが遅れに遅れて、ようやく今回の発表にこぎ着けた。この間、何をしていたのか。米国はイスラエルと共に、サウジアラビアを説得してこの案をのませ、サウジからの説得あるいは強要によってパレスチナにこの一方的な案を受け入れさせようと図っていたと見られます。

 ここで米国がイスラエルと共に、サウジ政府のキーパーソンとして期待したのがムハンマド・ビン・サルマン皇太子です。トランプ大統領の娘婿であるジャレッド・クシュナー氏らがムハンマド皇太子の説得に力を入れました。クシュナー氏はユダヤ教徒で、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と関係が深いことはよく知られるところです。

 実際、ムハンマド皇太子の同意を取り付けるところまではいったように見えました。同皇太子はパレスチナにトランプの和平案の受け入れを勧める発言もしています。しかし、それがサウジの国家としての決定となるか、国家の政策として実施し実現できるかというと、そこには困難がありました。結局、父であるサルマン国王は同皇太子の案を採用せず、サウジ政府の政策としては、この案を受け入れて、パレスチナに受け入れを迫るために大々的に動くには至りませんでした。

 ムハンマド皇太子はサウジの権力を自らの手に集中しつつありますが、外交上、できないことはできない。イスラエルと敵対しない、というところまでは国王はじめ王族や一般国民の同意が取れても、一方的にイスラエル側に有利な和平案を積極的に受け入れ、受け入れないパレスチナ人を脅したり、サウジ自ら莫大な資金を出して説得したりするという政策を実行できるかというと、ムハンマド皇太子ですらそれは不可能ということが明らかになったのです。

 この間、同皇太子はカショギ事件(編集部注:トルコのイスタンブールにあるサウジアラビア総領事館でサウジ人の著名ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏が殺害された事件。同皇太子の関与が疑われた)などもあり、その威信を失っていきました。最近もアマゾンの創設者ジェフ・ベゾス氏の携帯電話をハッキングするのに深く関わっていたと報じられ、打撃を受けています。この状態で評判の悪い和平案を掲げてパレスチナ人やアラブ諸国にリーダーシップを発揮するなど、無理でしょう。

 加えて、サウジは今、イランに弱みを見せるわけにはいかない状況にあります。昨年9月に石油設備を攻撃されるなど、サウジはイランに対して劣勢にあります。ここで弱みを見せれば、さらなる攻撃を受ける可能性が高まりかねません。今回の和平案を支持することは、米国と米国に屈したと非難されることになり、弱みを見せることになります。

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