インフレへの警戒感がなくなった理由は2つあります。1つはグローバリゼーション、もう1つはIT(情報技術)化です。世界は、冷戦時には分断されていましたが、その終了により広くなりました。これにより、賃金が安い場所で製品を作り、自国などで販売するビジネスモデルが広まりました。日本ではファーストリテイリングが先駆者と言えます。このモデルにより、製品を低い価格で販売することが可能になりました。これがインフレへの警戒感がなくなった理由です。

 また2000年あたりからパソコンなどIT機器がオフィスで標準装備となりました。これにより企業は人件費を削減し、販売価格を引き下げました。IT化も警戒感をなくさせた理由です。

“お上頼り”の雰囲気を醸成したリーマン・ショック対策

 その後、単にインフレへの警戒感をなくしただけでなく、「デフレはだめ。インフレがよい」という主張が広まります。そのきっかけになったのがリーマン・ショックです。リーマン・ショックの際、米国の大手自動車会社3社(ビッグ3)は危機に陥りましたが、政府と米連邦準備理事会(FRB)が救済しました。これにより、「困ったときは政府や中央銀行が助けてくれる」という風潮が金融市場で強まり、何かあればFRBの行動を求める大合唱が起こるようになりました。

 その結果、FRBは金融政策を緩め、市中には余剰資金が積み上がりました。今は、いつインフレになってもおかしくない状況です。今回のインフレは官製インフレ、人災と言ってよいでしょう。

高インフレ、夏に沈静化が見込まれる理由

 ここからはインフレの今後の見通しについてお話しします。長期と短期に分けて考えます。短期的には、現在のインフレは今年7~9月頃に峠を越えると見ています。理由は、米国で11月8日に予定される中間選挙です。

 支持率が低下し、思うように政策を遂行できないジョー・バイデン米大統領には票の取りこぼしは許されません。インフレで打撃を受けるのは、富裕層が多い共和党支持者よりも民主党支持者です。特に貧困層が多い民主党左派。こう考えると、中間選挙までにインフレを沈静化することがバイデン大統領にとって選挙に勝利するための絶対条件です。

 恐らく、今から7~9月にかけてFRBのジェローム・パウエル議長に圧力をかけ、利上げや保有資産の縮小などあらゆる手段を用いて沈静化を図ると思います。景気には悪材料ですがそんなことに構ってはいられません。

 FRBがタカ派的な姿勢を強めれば他の中央銀行も右にならえとなるでしょう。そうなればインフレ沈静化も見えてきます。これが7~9月までに現在のインフレが落ち着くと考える理由です。

ESG、環境、人権、セキュリティー対策がインフレ促す

 他方、長期的には物価が上がりやすい状況が続くと思います。理由は、これまでとは逆に企業の負担が大きくなることが予想されるからです。

 例えば人権問題です。中国・新疆ウイグル自治区における人権侵害を理由に中国との取引を見直す企業が増えています。前出のファーストリテイリングもその1社です。ESG(環境・社会・企業統治)の重要性が高まる今こうした傾向はより強くなると思います。これは企業のコスト増につながります。将来、販売価格に転嫁されることもあるでしょう。

 環境問題も同様です。企業にとってビジネスチャンスではありますが、カーボンゼロを達成するための施策はコスト増でもあります。今後、通信や電力など重要インフラ事業を営む企業にサイバー攻撃への備えを義務付けるとの報道もあります。これもコスト増の原因です。

 以上のように、企業は冷戦終了後、グローバリゼーションやITをてこにコストを削減してきました。しかし、これからは逆にコストの増大が見込まれます。新たに増えるコストはいずれ顧客に転嫁されると思います。以上が、今後、長期的に物価が上がりやすい状態が続くと考える理由です。

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