脱原子力国家ドイツには逆風

 EUの提案は、脱原子力を粛々と実行するドイツにとっては、衝撃だった。原子力発電のタクソノミーへの記載は、この国のエネルギー政策に矛盾するからだ。

 2021年12月に発足したオラフ・ショルツ政権で連邦経済・気候保護省を率いるロベルト・ハベック大臣(緑の党)は今年1月1日、同省のウェブサイトに「EUの提案は、持続可能性に関する定義をねじ曲げるものであり、同意できない」と掲載し強く反発した。

 同大臣は「原子力発電のような高リスク技術を『持続可能性が高い』と定義するのは誤りだ。原子炉から出る高レベル放射性廃棄物は今後何世紀もの間、大きな負担となる。EUの提案は、原子力発電が人類と環境に及ぼす長期的な悪影響を過小評価するものだ」と指摘した。

 「EU提案には原子炉の運転についての厳しい安全基準も含まれていない。EUのグリーン・ウオッシング(環境への悪影響を実際よりも少なく見せかけること)が、金融市場で支持を得られるかどうかも分からない」(同大臣)

 ハベック大臣は、環境保護政党・緑の党の共同党首の1人。同党は1980年の結党以来、脱原子力を旗頭に掲げてきた唯一の政党だ。1998~2005年に社会民主党(SPD)との左派連立政権に参加したとき、原子炉の稼働年数を制限する初の法律を施行させた。

 2011年に日本で原子炉溶融事故が起きたのをきっかけに、当時のアンゲラ・メルケル首相が原子力推進派から批判派に転向し、脱原子力政策にかじを切った。この理由の1に、事態を座視していたら支持者を緑の党に奪われるとの懸念があった。

 福島第1原発事故が起きたとき、ドイツは17基の原子炉(1基は故障のため点検中)を運転していた。メルケル首相の決定により昨年12月31日までに14基を廃止し、今年の大みそかには残りの3基もスイッチを切る。この国はあと約11カ月で、原子力時代に終止符を打つ。国民の過半数も脱原子力を支持している。

 つまりドイツでは、脱原子力という列車はすでに走っており、終着駅に近づきつつある。ハベック大臣は、党内左派勢力からの突き上げを避けるためにも、EUによる原子力発電のタクソノミーへの記載に断固としてノーと言わざるを得なかった。

 ドイツの電力業界も、脱原子力政策の見直しに消極的だ。この国の大手電力会社は、政府の脱原子力政策を受け入れ、発電事業の主軸を再生可能エネルギーやグリーン水素に切り替えつつある。日本の電気事業連合会に相当する連邦エネルギー・水道事業連合会(BDEW)のケアスティン・アンドレー専務理事は「ドイツの脱原子力はすでに決定された事項だ。この国の電力業界には、原子力という、多額の費用がかかる危険な技術に逆戻りしたいと考えている者は1人もいない」と述べている。

 ドイツの金融機関や投資ファンドもEU提案に当惑気味だ。同国のファンドの多くは、これまで「原子力には事故の危険や放射性廃棄物の問題がある」として、原子力発電関連の投資を避けてきたからだ。例えばドイツのある投資ファンドは、原子力関連事業が売上高の5%を超える企業には投資しない。

 ファンドや金融機関で構成するドイツ投資・資産管理連合会(BVI)は「持続可能性の観点から言うと、原子力発電をタクソノミーに加えない方がよかった。投資家から『グリーンな金融商品と銘打っているのに、中に原子力発電所向けの投資も混ざっているのか』という声が出るかもしれない」として、間接的にEU提案を批判している。

 ドイツ以上にEU提案を厳しく批判したのが、1978年の国民投票で原子力発電の不使用を決めたオーストリアだ。この国には、原子炉は1基もない。レオノーレ・ゲベッスラー環境大臣(緑の党)は「EU提案は、受け入れられない。原子力は危険なテクノロジーであり、気候変動対策にならない。EUが原子力発電をタクソノミーに記載した場合、法的手段を取ることも辞さない」と述べ、欧州裁判所に提訴する可能性を示唆した。

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