イランと北朝鮮がこのシナリオを進めるとしたら、この夏までが山場になるでしょう。トランプ大統領が再選を決めてしまったら、選挙を気にせず戦争開始を決めることだってあり得るからです。戦争への敷居が下がってしまう。夏までのやりとりが勝負ですね。

得点稼いだトランプ大統領、何も得られなかったイラン

1月3日に始まった、米・イランの一連のやりとりは、どちらの国に軍配を上げますか。イランの対応を評価する声を多く耳にします。「国家の英雄」殺害に対する報復を、本格的な戦争に至らせることなく実現したのは、冷静な対応だった、という評価です。

菅原:私はそうは思いません。トランプ大統領が得点を稼いだのに対して、イランは何も得るものがなかったからです。

 トランプ大統領はソレイマニ司令官という“イランの悪者”を倒したと米国民にアピールできます。「本格的な戦争を避ける」という大人の判断も示しました。もし戦争になっていたら「バカな指導者」となっていたでしょうが。

 これに対してイランは何も得るものがありませんでした。報復をしたといいますが、実質的にはいかほどのものでしょう。イラン国営通信が「米国人80人が死亡した」と報道したものの、実はゼロでした。これでは革命防衛隊の末端で不満がたまるでしょう。

 さらに、イランは米国に対し、「弱み」をさらしてしまいました。イランの側も本当は戦争したくないことを明確に示してしまったのです。具体的には、イラクにある米軍基地を攻撃対象とすることを、イランがイラクに事前に通知していました。イラク首相府がこれを明らかにしています。報復攻撃の後、「米国が反撃しなければ、イランは対米攻撃を継続しない」という内容の書簡をスイス経由で米国に送付したのも同様です。

まさにそれらの点を、本格的な戦争に至らせないための思慮深い行動だった、と評価する向きがあります。

菅原:そうでしょうか。本格的な全面戦争する気がイランにないことが分かってしまったので、イランが今後、制裁の緩和・解除を求めてさらなる挑発をしても、生半可なことでは、米国は真に受けないでしょう。イランは追い込むと何をするか分からないと思わせておかなければ今後の「脅し」の効果は小さくなるでしょう。その点を考えれば、戦争したくないことを米国にさとられるのはイランにとってマイナスなのです。

その点も、北朝鮮にとって大きなメッセージになりますね。

 中東にある米軍基地を弾道ミサイルで攻撃する程度では、米国の譲歩を引き出すことはできない。戦争をてこに米国に譲歩を求める場合、さらに強硬な措置を取り、非常に真剣な態度で臨むことが必要になる。

菅原:そういうことです。制裁維持にかけるトランプ大統領の態度は非常に強固です。イランと北朝鮮に対して、就任以来今日まで、まったくぶれていないのではないでしょうか。

弾道ミサイルは、どうぞ迎撃してください?!

ここからは、米国とイランの応酬のディテールについてうかがいます。イランが米国に対し実質的な事前通告を発していたのはともかく、①米軍の基地を、②イランの国家機関である革命防衛隊が、③弾道ミサイルで攻撃した、というのは、まかり間違えば本格的な戦争につながりかねない危険な行為でした。イランはなぜこうした危険な方法を選んだのでしょう。

菅原:①と②については、ソレイマニ司令官殺害に比例した行為にする必要があったからです。同氏は軍の司令官です。よって、報復も、軍が軍に対して、国家として行う必要がありました。報復の対象がもし民間人であったなら、「比例」になりません。国際社会から非難も招くでしょう。米国と同様に、米軍の高官をピンポイントで殺害する選択肢はあるでしょうが、イランにそれだけの能力があるとは思えません。対象とする高官の位置を把握する力、そのポイントに兵器を正確に誘導する力などです。

 ポイントはイラクにある米軍基地だったことです。ソレイマニ司令官の努力などで、イランはイラク軍についてはさまざまな情報を得ています。今回の弾道ミサイルによる攻撃は格納庫を狙いました。こうした人的被害が避けられそうな施設がどこにあるか、といった情報ですね。これがクウェートだと、同様の情報を入手するパイプが十分にはありません。

弾道ミサイルを選んだのはなぜですか。人的被害が生じない施設をピンポイントで狙うには、誘導性に優れる巡航ミサイルの方がより適切なのでは。

菅原:それは、実質的な事前通告の件と関連していると考えます。イランは、「どうぞ迎撃してください」という考えだったのでしょう。基地には当然、地対空ミサイル(SAM)など防空システムを整えていますから。

イランは今回、16発の短距離弾道ミサイルを発射しました。うち11発がイラク西部のアサド空軍基地に、1発が北部のアルビルの基地に着弾。残りを迎撃したとしても、4発というのは数が少ないですね。

菅原:そうですね。もしかすると、地対空ミサイルは高価なので、着弾するに任せたのかもしれません。現場にいる兵士たちは事前にシェルターなどに避難しているわけですから。

イランが使用した弾道ミサイルは最新型ではなかったとの報道があります。

菅原:それも、イランが戦争を避けたかったことの表れと言えるでしょう。本気でないことを示そうとした。

 ただし、革命防衛隊の幹部が「(今回の弾道ミサイル攻撃は)第1段階であり、米国人を容赦しない」と警告しています。「今後の攻撃ではさらに優秀なミサイルを使う」と示唆することで、脅威を高めようとしたのかもしれません。

新たな核合意はイランにメリットがない

先ほど、トランプ大統領は全面戦争を回避する「大人の判断」をしたとうかがいました。それをうながすキーパーソンが政権内にいるのでしょうか。かつては、H.R.マクマスター米大統領補佐官(国家安全保障問題担当、当時)、ジョン・ケリー米大統領首席補佐官(当時)、ジェームズ・マティス国防長官(同)という軍人3人が、安全保障面のブレーキ役を果たしていました。現在の閣僚にそうした人物は見当たりません。

 そうですね。ただ、今回は誰彼問わず、政権の内部からも外からも、戦争回避を訴える声が上がりました。トランプ大統領もそれを無視するわけにはいかなかったのでしょう。

 もしマティス国防長官が政権に残っていれば、ソレイマニ司令官の殺害そのものに大反対した可能性はあります。

19年9月に解任されたジョン・ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当、同)がいたらどうだったでしょう。

菅原:今以上に、行け、行け、バンバンだった可能性が高いですね。

トランプ大統領は1月8日の演説で、イランと新たな核合意を結ぶ意向を示しました。これが実現する見込みはありますか。

菅原:ハードルが高いと思います。

 米国が現行の核合意を離脱して以降、イランは米国がこれに復帰することを一貫して求めてきました。よって、現行の合意を破棄するのは、イランの負けを意味します。

 また、米国は18年5月、イランに対して「12カ条の要求」を一方的に押し付けました。新合意では、ここに盛り込まれた要求が当然、議論の対象になるでしょう。「弾道ミサイルの拡散、核弾頭搭載可能な弾道ミサイルの発射・開発中止」「ヒズボラ、ハマスなど中東のテロ組織への支援を終わらせる」はいずれもイランの安全保障の根幹をなすもので、イランが受け入れられるものではありません。

 弾道ミサイルは、通常兵器の質・量において、米国やイスラエルに及ばないイラン軍にとって柱となる装備です。レバノンで活動する、イスラム教シーア派武装組織ヒズボラは、イスラエルに対して軍事的なプレッシャーをかける欠かすことのできない存在です。経済的なメリットを提案されても、交換できるものではありません。

■変更履歴
掲載当初、1ページ目に「翌11年の5月にはイラン核合意から離脱し」とありました。 「翌18年の5月」の誤りです。お詫びして訂正します。 [2019/1/15 14:30]
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