19年12月、イランは実際に抵抗のレベルを1段階上げました。同9日、バグダッド近くに駐留する米軍部隊をロケット弾で砲撃し、同じ基地にいたイラク兵を負傷させたのです。このイラク兵は、米軍が育てた、対テロ戦を担う精鋭部隊の要員です。こうした人的被害が生じたのは初めてのことでした。

 そして、ついに米国人に被害を与えることになったのが④です。12月27日、米軍で通訳として働く民間人が死亡するとともに、複数の米兵が負傷しました。これは19年5月に米国がイラン産原油の全面禁輸を始め、対立激化が本格化して以降初めてのこと。親イランのシーア派民兵組織カタイブ・ヒズボラが打ち込んだとみられるロケット弾は約30発。それまでの攻撃は、深夜の誰も活動していない時間帯に数発を撃ち込む警告程度のものだったので、攻撃の規模もこれまでと一線を画すものでした。これを機にトランプ政権は軍事力を伴う行動に出ることを決めました。

 「これで流れが変わるぞ」と思っていたら案の定、米軍が、実行犯とみられるカタイブ・ヒズボラの基地を空爆し、25人を殺害したのです。米軍がイラクのシーア派民兵組織を攻撃するのも初めてのこと。米国もこれで一線を越えたと言えます。

 イラクから見れば、これは米軍による主権侵害です。民兵とはいえ、イラク人を殺害されたわけですから。これはイラクにおける反米感情を高めることになりました。そして同31日、カタイブ・ヒズボラが在バグダッド米国大使館を襲撃するに至ったのです。

 19年12月に入ってから続いた一連の過程の中で、ソレイマニ司令官がバグダッドを訪問する情報をつかんだ米政府は、同氏の殺害について議論。トランプ大統領はこれを実行する命令を下しました。同大統領は19年6月にイランへの攻撃を中止しています。この時に被った「弱腰」との“汚名”をそそぎたいという意向もあったことでしょう。

米国人に被害が及べば、軍事力を使った報復が待っている

一連の流れから、北朝鮮はどのようなメッセージを受け取ったでしょう。核開発をめぐって米国と対立する状況は、両国に共通しています。

菅原:大きく3つ挙げられます。第1は、米国人に人的被害が生じた場合、米政府は軍事力の行使を辞さないこと。第2は、トランプ大統領は本格的な戦争を望まないこと。第3は、核兵器の所有は許容しないこと、です。

 第1の人的被害について。④について見たように、民間人であっても米国人が死亡すれば、米政府は軍事力を行使するのです。北朝鮮は、ここに米国のレッドライン(超えてはならない一線)があることを理解したことでしょう。

 その一方で、トランプ大統領が本格的な戦争は避けたいと考えていることも分かりました。イランが1月8日にイラクの米軍基地を弾道ミサイルで攻撃した後、同大統領は演説で「軍事力は使いたくない」と発言したのです。

 仮にトランプ大統領が新たな戦争を起こし、米兵が死亡したらどうなるでしょう。遺族に対してお見舞いの手紙を書かかなければならない。直接会いにいくことが必要になる場合もあるでしょう。星条旗にくるまれた柩(ひつぎ)をアーリントン墓地に収めるシーンがテレビや映画に登場しますよね。選挙期間中にそんなシーンが繰り返し放映されることをトランプ大統領が望むでしょうか。

 選挙の観点から見れば、現在の状況はトランプ大統領にとって最も心地の良い状態なのです。イラン核合意から離脱するなどオバマ政権が取った政策を逆転させ、イランに対して強い姿勢を示し、イランを弱体化することに成功しているわけですから。トランプ大統領の支持者はハッピーに思っているでしょう。ソレイマニ司令官の殺害という、これまでの政権ができなかった“偉業”も達成したのです。これ以上、軍事的なリスクを取る必要はありません。制裁を強化すればそれで十分なのです。

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